22 ふたりのデート 後編
哲也の言うとおりだった。表通りから数本入った裏通りで、遠くのほうからこっちへ駈けてくる男とそれを追いかける警官がふたりには見えた。
「へー、すごいわね。私には全然わからなかったのに」
哲也の横顔を見上げながら感心するミオ。
「見物してる暇はない。助けるぞ」
「えっ」
「あの人をあそこに誘導して、警官が角を曲がってきたら締め上げて落とす」
その哲也の言葉にさすがのミオも戸惑いを隠せない。
「ちょ、ちょっとテツヤ。私たちは警官とはあんまり関わりにならないほうがいいって知ってるでしょ。万一警官に私たちの正体がばれたらそれこそ航路のみんなに迷惑が掛かるわ。それともあの男の人を知ってるの」
「いや、知らない」
「じゃあ、なぜ」
ミオの問いかけに哲也が答えるまでに数秒の間があった。
「予感がするんだ」
「えっ」
「『あの人を助けるべきだ』って予感がするんだ。それだけだ」
ミオは哲也をじっと見つめた。そして言った。
「わかったわ。やりましょう」
警官はあっけなくやられてしまった。もちろんそれはその警官が大したことなかったからでは決してなく、哲也とミオがそれだけの実力をつけていたからだったのだが。
「いやあ、危ないところを助けてくれてありがとう。歳をとると若いときのようにはいかないね。もう少しで捕まるところだったよ」
男はいくらか息を弾ませながらふたりに礼を言った。五、六十才ぐらいに見えた。
「それはよかったけど、おじさん一体何をやったの」
ミオが男の背中をさすりながら聞く。
「ありがとう。まあひと言では言えないが、あえて言うなら『やつらの恨みを買ってる』とでも言っておくかな」
「なら、またどこかで警官に出くわしたりしたら、また逃げなきゃいけないんですか」
「そういうことになるかな。ははははは」
男は快活そうに笑った。
ミオと男の会話のあいだ哲也はじっと男を観察していた。背が高く、スリムながらもがっしりとした印象。顔は精悍そうだが、昔大けがでもしたのか頭の片側から顔に掛けて大きな金属の板のようなもので覆っている部分がある。そこ以外は外見で特に気になるような特徴は見当たらない。「予感」のことは気になるが、これ以上この男とともにいる必要はなさそうに思われた。
「じゃあ、俺たちはこれで」
「ああ、すまなかったね。ありが……」
突然男の目が哲也に釘付けになった。
「き、君。名はなんという」
男は哲也の服のえりを両手でつかむと激しく揺さぶった。
「えっ」
「名前だ。君の名前はなんというか聞いているんだ」
哲也はその問いかけの激しさに戸惑った。彼は助言を求めるかのようにミオのほうを向いたが、ミオも特に名前を教える危険性を感じなかった。
「竹本哲也」
「タケモト……。似ている。まさか君は……」
「似ているって誰にですか」
「君、タケモト・コウタロウという名に心当たりはないかね」
ミオが一瞬びくっとしたようにも見えたが、哲也にはその名前を記憶の中から探り当てることができなかった。
「いえ、知らないですね」
「そうか……」
男は明らかに落胆した様子だった。
「ちなみにその人はどのような人なんですか」
「昔の悪友の名前さ」
「悪友ですか。若い頃はさぞかしいろいろやらかしたんでしょうね」
「そうだな、いろいろやったな。今ここで言うわけにはいかないが、結構大きなこともふたりでやったものだった」
男は懐かしそうに遠くを見つめた。
「あの頃は必死だったはずだが、今から振り返ってみるといい思い出ばかりに見えるな。ただひとつ悔いが残ることといえば、やつとはケンカ別れしたままになってしまったってことだな」
「ケンカ別れしたままなんですか。その後、その人とは会ってないんですか」
「そうだ。やつはもう会いたくても会うことができないところに行ってしまった」
やがて男は首を横に振った。
「いや、年寄りの思い出話につきあわせてしまって悪かったな。それじゃこのあたりで失礼することにしよう。助けてくれてありがとう」
男はそういうと、夕暮れの中をどこかへ消えていった。
男は見えなくなった。振り返った哲也は自分のほうをじっと見つめるミオのいくらか頬を膨らました表情に気づいた。
「どうしたんだ、ミオ。そんな顔をして」
「もう、テツヤったら。あの名前を聞いてなんとも思わなかったの」
ミオの思いがけない言葉に一瞬頭の中が空っぽになる哲也。
「えっ、『あの名前』って?」
「ほら、あの人が言ってたでしょ。『タケモト・コウタロウ』って」
「ああ。それが何か」
「あきれた。テツヤって講義を全然聴いてないのね」
嘆くミオに哲也の頭の中であの退屈な講義の様子が猛スピードで再生される。
「えっ、出てたっけ? そんな名前」
「まあ同一人物とは限らないけど。講義では『コウタロウ』って形で上の名前がわからないから。で、どう? 思い出した?」
「いや、まったく」
「あーあ。最近ちょっとしっかりしてきたかなあって思ってきたところだったのに。やっぱり私がついてないとダメね」
「そんなこと言うなよ。それに同一人物とは限らないんだろ」
「まあね。でもどちらももうこの世にいないっていうのは同じだし、講義で出てきたコウタロウのほうはもし生きていたらとしたら年齢もたぶんあのさっきの人と同じくらいのはず」
ミオのその言葉に哲也は何かざわめくものを覚えた。
「で、それはどんな人なんだ」
思わず息せき切ってミオに尋ねる哲也。
「私たちの組織、航路の創設者よ」
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