20 ふたりのデート 前編
■
ミオはすっかり回復した。しかしあの日以来、哲也とミオとのあいだには何かギクシャクしたものがあった。
「どうしたんだふたりとも。今のその状態じゃとても作戦行動に参加させるわけにはいかないぞ」
怒るというより心配が前に出てしまうといった感じでエリカが言った。
「すみません。ちょっと調子が上がらないだけで。たぶん一時的なものだとは思うけど」
「テツヤが悪いのよ。なんかやたらおどおどして。そんなに臆病だったとは知らなかったわ」
ふたりの弁明も何やらちぐはぐしたものしか出てこない。
「いいや、原因はふたりにある」
そんなふたりに対してエリカはきっぱりとそう断定してみせた。
「えっ」
「な、なんで私が」
エリカの容赦のない断定に驚くふたり。哲也はともかくミオのほうは原因の一端が自分にもあると言われたのが不服そうだ。
「そうだ。はっきり言うと、君たちの不調の原因は『お互いに相手を信頼しきっていない』ということにある」
「そんな、俺はただ……」
「司令はこんなやつを信頼しろって言うんですか。ふぬけで前後のことなんか考えないで、おまけに臆病ときてるのに」
「ふぬけとはなんだよ。少なくともここへ来たときよりはずっとできるようになってるだろ」
「ふん。あの程度で『できる』なんて考えてるようだったら、パートナーを組まされたこっちは命がいくつあっても足りませんよーだ」
「なんだと。ミオだってこの前の訓練のときにびびってたじゃねーかよ」
「なによ。このスカポンタン!」
「なんだと。このクリクリやろう!」
ふたりはにらみ合っていたが、すぐに互いにそっぽを向いてしまう。
「やれやれ。まるで小学生のケンカだな」
エリカは完全にあきれ果てているようだった。彼女は続けた。
「ふたりともにそれぞれ言い分はあるだろうが、私の見る限り互いに相手を信頼できないのは互いが相手のことを知らなすぎるからだ」
「相手のことを知らない、ですか」
「あったり前でしょ。ついこの前、無理やりパートナーに組まされたばっかりだし」
「無理やりとはなんだよ。それを言うなら俺のほうだっておんなじだろ」
「テツヤとは違うわ。あのときあなたにはパートナーが必要だったけど私は違った。誰かもっとおっぱいのおっきな人をパートナーにしてもらったらよかったのよ」
「なんだと。俺がいつミオの胸のサイズのことなんか言った」
「あー、やっぱり『小さい』って思ってたんだ。ひどい」
「小さいなんて言ってないだろ。確かにあまり出っ張ってはいないみたいだけど……って、大体そんなことは今関係ないだろ」
「ふん。いつも街でおっぱいのおっきな女の子を目で追ってばかりいたくせに」
「それは俺の資料にそう書いてあっただけ……って、資料に胸のサイズのことなんか書いてなかったじゃないか」
「ふたりとも、いい加減にしろ!」
再び「小学生のケンカ」、いやそれ以下のレベルに落ちていきそうなふたりの言い争いについにエリカが爆発した。落とされたカミナリにシュンとなるふたり。
そんなふたりの様子を必要以上に怖い表情で睨みつけたエリカが宣言した。
「いいか、ふたりに命令する。これから私がいいと言うまでの期間、ふたりは毎日街でデートするんだ」
「えっ」
「えっ」
カミナリに続いて下されたあまりにも意外すぎる命令に驚愕の表情になるふたり。
「で、デートって」
「ちょっと待ってください司令。なんで私がこんなやつとデートしなくちゃいけないんですか。嫌です。絶対に嫌」
「聞こえなかったのか。これは『命令』だ」
エリカの口調には有無をいわせないものがあった。
梅雨にしては珍しく空はすっかり晴れ渡っていた。街路樹は風にそよぎ、小鳥の声がそこかしこから聞こえてきている。街には家族連れや幸せそうな恋人たちが楽しそうに歩いている。
そんな中に一組だけ、おかしなカップルがよそよそしく歩いていた。
一応並んで歩いてはいるのだが、互いの顔はまっすぐ正面を、というかむしろ外側を向いている。男のほうは肩越しに背中へと回したバッグの紐をしっかりと握り、女のほうは体の前で両腕を組んでいる。手を握ろうとか、腕を組もうとか、そんな様子は微塵も感じられない。かといって離れる様子もなく、赤の他人にしては近しい距離を保って歩いている。
そう、これがデート初日の哲也とミオの姿だったのだ。
「ねえ、テツヤ」
「なんだよ」
「あれ買って」
突然、ミオが哲也に言った。思いがけないミオの要求にもだが、まるでおねだりするかのようなその声の調子に哲也は戸惑った。彼がミオの指さす先を見ると、そこにはソフトクリームの屋台が見えた。
「自分で買えばいいだろ」
「なに言ってんの。これは単なる『デート』なんかじゃない。これはお互いを知るための大切な『ミッション』よ。そのためには自分のために動くんじゃなく相手のために動かなきゃ」
「はいはい。まったく俺より年下のくせにそういう頭は回るんだな」
「だって私、テツヤより頭いいもん」
「はあ。あきれて怒る気にもならないや」
哲也は見事にミオに言いくるめられてしまった。
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