15 作戦見学
しかし哲也は戸惑っていた。あのマンション前で初めてその声を聞いたときにも感じたこと、“前にどこかで会ったことがあるような”感がその姿を見たことでますます強くなっていったからだ。この時代へ来てから今日初めてその姿を目にしたはずなのに。
「それだけだったかな。もっと前にどこかで会ったことはなかったかな」
思わず発した哲也の言葉に同時にあきれ顔になるエリカとミオ。
「おいおいテツヤ君。ほかのメンバーを口説くのはかまわんが、いくらなんでも早すぎるだろう」
「ち、違いますよ。でもずっと前にどこかで会ってるような気がするんだけど」
「きっと誰かほかの女の子と間違えているんですよ。資料には『街を行き交う女の子をしょっちゅう目で追っている』って書いてありますし」
「ちょ、ちょっと。俺の資料にそんなこと書いてあんの」
「はい!」
全身全霊で否定したい哲也であったが、ミオのはじけるような笑顔を見てしまうと否定の言葉が続かないのであった。
哲也はエリカから直々に作戦見学についての事前レクチャーを受けた。その内容は主に見学にあたって注意すべき事柄の確認だった。経験のない哲也のためにレクチャーは基礎的な内容も含めて念入りに行われた。しかし哲也はついさっきまで退屈な講義を聞いていたばかりだったのだ。だから哲也の集中力が途中でたびたび切れたのはある意味しかたがなかったと言えるかもしれない。
今回の作戦は通信設備の破壊工作。哲也とミオは目標より少し離れたビルの一角から作戦を見守ることになった。
「あそこの白い建物が見えますか」
ミオは通りから自分たちの姿が見えないよう注意しながら目標を指し示した。作戦に先立って哲也に作戦内容を説明しているのだ。
「見える」
「通信の傍受や内偵調査であの建物の二階にチップシステムのノードのひとつがあるってわかったんです。なのでそれを破壊するのが今回のミッションになります」
「うん」
「作戦に従事するのは七名です。外の見張り役が二名、内部に突入しての警戒役が三名、通信システムのスペシャリストと爆破のスペシャリストがそれぞれ一名の計七名です」
「すごいな。作戦内容が完璧に頭に入ってるんだな」
「当然でしょ。こう見えても私のほうが先輩なんですからね。テ、ツ、ヤ、さん」
完全に素人だと馬鹿にされたような口調だったが、不思議と哲也には怒るという感情が湧いてこなかった。
目標の建物の様子を観察する。四階建ての小さな一見なんの変哲もないビル。出入り口を政府軍兵士が警備しているわけでもなく、付近のほかのビルと変わりはないように見える。平和な日常そのものの光景がそこにはあった。
ふと、哲也は嫌な予感に見舞われた。何か“悪いこと”がこの後起こりそうな。
ただそれがどういったものなのかはわからない。哲也は取りあえず思いついた“悪いこと”をミオに問いただしてみた。
「チップシステムのノードがあるって割には警備が手薄なんじゃないのか。もしかしてビル内部には強力な防御システムが備わっていたりして。大丈夫かな」
「そのあたりも調査ずみです。ノードはほかの民生用通信システムに紛れるように置かれていて、ちょっと見ただけではそれとはわからないようになっているそうです」
「でもそれじゃあ爆破の影響で民生用のシステムにも影響が出るんじゃないのか。俺嫌だよ、『正義のためには多少の犠牲もやむを得ない』っていうのは」
「そこはうちのスペシャリストがうまくやってくれるはずです。大丈夫ですよ、きっとうまくいきますって」
ミオは自信たっぷりに断言した。それでも哲也の嫌な予感は払拭されなかった。でもなんだろう、この予感の示しているのはそういうのじゃないような気がする。
「あっ、出てきますよ。間もなく爆破されるはずです」
ミオの言うとおりだった。その白い建物から警戒するように数名の人間が飛び出してきた。それらの人影がどこかに消えると、大きな音とともに煙が建物の二階の窓から吹き出した。
「うわっ、すげえ」
哲也は思わず頭を引っ込めた。もちろん頭ではその爆発が彼のいる場所まで影響するはずはないとわかってはいた。しかし初めて実際に体験する“軍事作戦”はあまりにも衝撃的だった。反射的に体が動いてしまっていた。
「爆破はうまくいったみたいですね。それにテツヤさん、これを見てください」
哲也はミオが差し出した計器の表示を見た。そこにはチップシステムの通信のみがダウンし、ほかの通信には影響がないことが示されていた。
「じゃあ、作戦はうまくいったんだな」
「ええ。だから言ったでしょ」
ミオは得意そうに胸を張ってみせた。
哲也はホッとした。どうやら幸いにもあの嫌な予感は外れたらしい。
哲也はあの白い建物のほうをもっとよく見ようと隠れていた場所から頭をのぞかせた。建物の周囲では先ほどまでとは打って変わって大勢の人間が右往左往していた。
「気をつけてください! 見つかったら大変なことに……」
ミオの言葉が終わるか終わらないかのことだった。
「誰だ、そこにいるのは!」
哲也は思わず声のほうへ振り向いた。こちらのほうを睨んでいる警官がいた。目が合ってしまった。
「しまった、見つかった」
「こっちです。急いで」
ミオに手を引かれるようにして哲也は大急ぎでその場から離れた。
「怪しい男が逃げたぞ。こっちだ」
警官の大声とともに電子警笛が響き渡った。すぐに応援の警官も来るだろう。哲也は視界の端にドローンのようなものが宙を横切るのも見た。
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