14 コデラ・ミオ

「個々人のチップを取り出したり破壊したりすることが難しい理由はその埋め込まれた部位のためだけではありません。チップは対象者の神経組織と非常に密に結合されているため、組織と急激に切り離されると対象者の精神や肉体に重大なダメージを及ぼす可能性が高いからです。死ぬことは滅多にないようですが、手足に重篤な障害が残ったり、ひどい場合には記憶を失って人格がまったくの別人に変わってしまった例などが報告されています。

 一方、チップを残したまま外部からのコントロールを遮断した場合はそのような症状が出ることはありません。なので我々がまず目指すべきはチップの外部コントロールシステムの破壊になります」


 ここで哲也が手を挙げた。


「質問があります」

「どうぞ」

「チップの破壊が人体にとって危険だということでしたが、航路メンバーのチップ装着状況はどうなっているのですか。もしチップを埋め込まれているメンバーがひとりでもいれば、組織にとってアジトの場所が把握されたりとかの致命的な弱点になると思うのですが」

「ほかの組織は知りませんが、少なくとも我々航路に関しては全員について君が受けたような全身スキャン検査を行っています。現時点でチップが埋め込まれたメンバーはひとりもいないことが確認されています」

「でもチップ埋め込み手術って十四才で行われるのでしたよね。後からのチップの取り出しが困難だとしたら、ここのメンバーが組織に入ったのは全員チップ埋め込み前、すなわち十四才以前ということになりませんか」

「その通りです」

「まさか」

「信じられないかもしれませんが本当です。確かに抵抗運動の初期にはチップが埋め込まれたままのメンバーがいました。そのころは金属製のシールドを体に装着するなどして政府側に位置などを把握されないようにと苦労したようです。そしてそれらの第一世代の人たちがチップ装着前の第二世代の人たちを育てたのです」

「じゃあ今航路にいるのはその第二世代の人たちなんですね」

「第二世代、あるいは第三世代になります」


 それを聞いて哲也は黙り込んでしまった。黙ってしまった彼の様子を見て講師は彼の質問が終わったと思い再び講義を続けた。しかし彼はもはや講義を聴いていなかった。彼の心の中にある疑念がわき起こっていたからだ。


“十四才といえば中学生だ。十六才の俺ですら本当に正しいのは政府かレジスタンスかわからないのに、彼らは納得してレジスタンスに加わっているのだろうか”


 階段教室に講師の声だけが空虚に響いていた。



 講義が始まって一週間ほどたったころだろうか。その日の講義を終えてアジト内の廊下を行く哲也にエリカが声をかけてきた。


「どうかね。学習は進んでいるかな」

「ええ、まあ」

「そうか、それは結構。しかし何日も講義を受けているとさすがに飽きるだろう」

「はい。最近ちょっぴり飽きてきたところだったんです」

「はは、『ちょっぴり』か。私の目にはだいぶ飽きてきているように見えるぞ」

「実はだいぶ飽きてきています」

「だろうな。そんなテツヤ君にいいニュースがあるぞ」

「なんですか」

「どうだ、外に出て我々の作戦行動の一端を見学してみないか」

「ええっ、いいんですか」

「もちろんだ。君の今後のことにも関係あることだし、そろそろいいだろう」


 エリカは哲也をとある部屋へと案内した。


「作戦行動に参加するに当たって知っておいてもらいたいことがある。我々の組織ではどのような行動をする場合でも、最小二名一組で行動することになっている」

「はい」

「これは一名が負傷などなんらかの理由で行動が困難になった場合でも、もう一名が救護したり、あるいは最悪その状況を本部に連絡したりできるようにするためだ」

「はい」

「よって君にも作戦行動上のパートナーをつけることとする」

「えっ」


 そのとき入り口のドアがノックされた。


「入りたまえ」


 エリカの言葉に続いて入り口にひとりの少女の姿が現れた。


「えっ」


 哲也は思わずポカンとした表情になった。てっきり男性が来るものだと思っていたのだ。まさか女性だとは。しかも“少女”なんだとは。


 部屋に入ってきた少女は哲也よりやや年下に見えた。卵形の顔立ちで髪は栗色。

 背の高さは哲也より小柄か。小首をかしげて哲也を見上げた姿勢はいかにも人懐っこそう。その様子と小さめの身長とから、哲也は彼女が何かの小動物のようだとも思った。ふっくらした薄桃色の唇とクリッとした大きな目が印象的だ。

 大きめの襟がついた服を着て、短めのチェックのスカートを履いたその姿。それはその顔つきから受ける印象とも相まって、彼女を一層可愛らしく見せていた。

 腕や脚に筋肉を感じさせるようなところはない。そうした体つきはエリカや、そしてあのレイラとも対照的だった。

 いや、体つきだけではない。常に厳しい表情を崩すことのないエリカに対して顔だけでなく全身が笑顔といった感じの彼女は、哲也がレジスタンスという言葉に対して抱いていたイメージ“政府の圧政と戦う闘士”などとは正反対の存在に思われた。


“こんな可愛らしい子がレジスタンスにいるのか”


 哲也の彼女に抱いた第一印象がそれだった。

 彼女はスタスタと哲也のほうへやってくると、エリカの横にちょこんと立った。哲也は彼女の全身から命のエネルギーがほとばしり出ているように感じた。

 エリカが紹介する。


「テツヤ君、彼女はコデラ・ミオ君だ。ミオ君、こっちが話していたタケモト・テツヤ君だ」

「こんにちはテツヤさん。コデラ・ミオです。私があなたのパートナーを命ぜられました。よろしく」


 哲也はハッとした。確かにその声は聞いたことがあるものだった。


「そ、その声。もしかして君はあのときの」

「はい。以前お目にかかりましたね。背中合わせでしたけど」


 ミオはかしげた小首をきゅっと縮めて微笑んだ。哲也は自分の鼓動が速くなるのを感じた。

 間違いなかった。この可愛らしい少女こそが以前彼に「逃げて」と呼びかけてきたあの謎の少女の正体なのだ。

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