第7話 神は死んだ

 病室はクリーム色。大部屋ではなく個室だ。元とはいえ市議会議員の威光なのか。

 付き添いの人は、ハヤシサイクルさんの奥さんだった。私の服装を見た奥さんは恐縮して丁重に挨拶し、席を外してくれた。

 ベッドの上に寝かされている林さんはやつれていて、まるで別人のようだった。脳の病気のせいか、言葉もいつもより途切れ途切れである上に、呂律も上手く回らないようだ。

「あ、て、て、照代か。何をしに来た? お見舞いではないだろう」

「はい。お見舞いではありません」

 だからお見舞いのお金も菓子折も花束も、何も持ってきていない。手ぶらではないが。

「私に、引導を渡すためか?」

「引導を渡すのは仏教のお坊さんです。私には方法が分かりません」

 個室で、寝台に横たわる林さんと二人。ドスは持っていないが、サシでの対決だ。

「なら、なななぜ、そんな格好で来た?」

 林さんは、仇を見るような目で私の全身を睨めつけた。

 今の私は、通学の時に使っている紺色のスポーツバッグを持っているが、高校の制服でもなく、普段着の私服でもなく、白の上衣に朱色の袴を着用している。白衣の上には松と鶴の青摺模様の千早を纏っている。いわゆる巫女の格好だ。

「私は今日は、ただの女子高生の橘照代として来たのではありません。神社の巫女として、氏子の一人である林さんときちんと話をしたいと思って、巫女服を着てきました」

「ほう。街や病院で、変な目で見られなかったか?」

「正直言って、かなり恥ずかしかったです」

 とはいえ、これはいわゆるコスチュームプレイではない。私は神社の巫女だから巫女服を着ているのだ。仏教のお坊さんだって、法事で檀家へ行く時などはお寺から袈裟を着て行くはず。コスプレの場合は、家からコスプレイベントの会場まではコスプレ衣装を着て行かない、というのがルールらしいが私は詳しくは知らない。

「巫女として、きちんと話をする、とな?」

 鎮守の杜に清冽な空気が漂う朝の如く、自ずと病室内の雰囲気が張り詰める。

「……私は、後は死ぬだけだ。何も話すことなど無い。さっさと帰れ。遺言は、とっくの昔に、べ、弁護士を使って書いてある」

「いえ、林さんが話していただかなくても私が話しますので、聞いていただきたいんです」

 病床の林さんは、明らかに嫌そうに目を細めた。大体ご老人というのは話が長いものだ。それだけ自分のことを話すのは好きであっても、相手の話を聞くのは得意ではない。話し相手が同年代なら昔の思い出など共感できる部分も多いのだろうが、孫の世代の若造の話など、冥土の土産にもならないと思っているのかもしれない。

 林さんが沈黙を保っている間に、私は鞄から一冊のファイルを取り出した。

 対馬造園さんから借りてきたものだ。

「これ、いいと思いませんか? 最初は小さいけど、新しい御神木として」

 御神木というのは、境内で一番大きい木がなるとは限らない。木が持っている美しさ、気高さ、雰囲気などが大事だ。先日、長身の樹医さんを林さんが気合いで圧倒していた場面を想像すれば分かり易い。現在の御神木であるモモを伐ったとしても、二番目に大きい木が自動的に御神木に昇格するのではない。樹齢の長い木が年功序列で繰り上げられるのでもない。あくまでも木の持つ風格が大事なのであり、氏子たちが感情移入できる木でなければならないのだ。

 お見合い写真を見せるような心境だ。私は、ピンク色の付箋を貼ってあるページを開き、林さんに写真を見せる。巫女服の大きな袖が邪魔だけど、辛抱だ。

「何だこれは?」

 写真の木は、てっぺんには金色の大きな星が飾られ、点滅する電灯を含めて様々な飾りが施されている。雪を模した白い綿。牧場の牛や山羊の首に下げられていそうなベル。小さなサンタや靴下を象った飾り。鼻が赤いトナカイの小さなぬいぐるみ。小雪がちらついている夜に、ライトアップされていてまさに満艦飾で楽しげだ。

「クリスマスツリー。モミの木です。厳密に言うとモミの一種で、……正式名称は私も覚えていないんですけど、ここに書いてあります……要はこのモミを、御神木を伐った跡地に植樹するって、素敵だと思いませんか?」

 これが私の決定打というべき檄だ。インターネットで発見し、対馬造園さんとも相談して、これなら行けるという自信を抱いて、満を持しての見参というわけだ。

「……お前さん、さっき、仏教ではないから、引導は分からない、と言っていたではないか。キリスト教は分かるのか?」

 私は首を振って否定する。

「いえ。神道ですからキリスト教も分かりません。でも、シーズンに飾りを付けてクリスマスツリーにする時以外も、年中無休、二四時間営業で御神木として神社を見守ってくれるのです」

 警察や消防よりもよく働いてくれるはず。

「……なるほど。ね、年中む、む無休か」

「つまり、今の御神木を伐って、モミの若木を植えて、新しい御神木として祀ればいいと思うんです。シーズンには、みんなで綺麗な飾りをつけて、クリスマスをお祝いすると楽しいです。木が大きくなってからはクリスマス飾りは無理でしょうけど。モミは真っ直ぐ伸びて濃い緑の葉が繁って堂々とした見た目なので、御神木として申し分ありませんし」

 林さんの奥まった目に、一瞬ハヤブサのような鋭い光が宿った。ように見えた。

「クリスマススを祝う? 神社でか?」

 滑舌が悪くクリスマススになっていたけど、林さんの言葉には不思議な力が籠もっていた。友達と世間話をしているのではないので、若者言葉が出ないように口調にも気を遣う。死を見つめている病人が相手、若輩者の女子高生である私にとっては神経をすり減らす対談だ。

「そうです。他の宗教の詳しい教義や作法は知りませんけど、宗教の違いで世界中の人類がいがみ合う必要は無いと思うんですよ。違う宗教であっても、良い風習は積極的に取り入れたっていいんじゃないか、というわけです。時代の流れです」

 偉そうに言ったが、実際のところは、赤城酒屋さんがクリスマスに御神木の下でシャンパンを飲んだ、というエピソードから、御神木がクリスマスツリーというのもオーケーなのではないかと思ったのだ。

「私のようなジジイは、時代の流れから取り残されていると、言いたいのか?」

「いえ。例えばお正月明けのどんど焼きだって、今では環境問題に配慮して、プラスチックの部分は分別して、藁などの燃やせる部分だけを焼きます。宗教の儀式や風習も、ただ頑なに守るだけでなく、時代の流れに適応して柔軟に……」

「だから、クリスマスツリーを、御神木の代わりに、う、植えるのか」

「モミの木の特性を考えた現実的理由も当然あります。モミは若い内は要光度は低くて、つまり日光があまり当たらなくても育つらしいです。ですから周囲を他の木に囲まれている境内に新しく植えるには適しています。それと、モミは適応度が高く、酸性土壌や乾性土壌でも強く育つそうです。どうも神社の境内は酸性土壌っぽいところがあるらしくて、酸性に強いモモの木は大きく育って花も咲かせていますけど、他の木にとっては本当は住み難いんだそうです」

 ちなみに調べる過程で分かったことだが、たとえばスギの木は、酸性土壌や乾性土壌にはかなり弱いらしい。スギといえば寿命も長く立派な木として育つのが普通のようだが、ウチの神社に限っては、梢の葉がちょっと枯れかけたようなスギが多く、次期御神木に相応しいような立派な個体は無い。土壌の問題だったんだ、と、パソコンの画面を覗き込みながら納得したものだ。更には、この神社の境内には生えていないウルシは、実は酸性土壌に対しても強い耐性を持っているらしい。ウチの神社に生えていないのは本当に偶然なのだろう。

 木というのは酸性土壌に弱いケースが多いらしいが、ならばアルカリ性土壌には強いのかというと、極端なアルカリ性になるとやはり植物は枯れてしまうようだ。世界中で叫ばれている砂漠化、原因の一つは土壌のアルカリ性化だそうだ。

「それに、モミは深根性でして、つまり、根を土中深く張る木なんです。だから、木の周囲を人が歩くことによる土壌の固結、地表が固く締まってしまい水分や養分をとりにくくなってしまうことに対して、浅根性の木よりは強いそうです」

「随分、詳しいな……対馬の受け売りか?」

 当たり前だ。農業高校ではなく普通科に通い、園芸部ではなく硬式テニス部に所属している女子高生が、樹木について専門的知識を持っているなんて普通はあり得ない。インターネットで調べた即席知識もあるが、それでも対馬造園さんに聞いて確認した。

 林さんは馬鹿にしたように鼻を鳴らした。

 下手に林さんの機嫌を損なうと怒鳴りつけられるかも、とは覚悟していた。最悪の場合、ベッド脇に飾ってある花を花瓶ごと投げつけられるかもしれない。戦々恐々の戦場だ。

 林さんは疲れた表情を、シミの多い顔に浮かべただけだった。

「神主か対馬か知らんが、高校生の小娘を使うのではなく、自分で言いに来い、と言ってやれ」

「違います。お父さんも対馬造園さんも関係ありません。このカタログは対馬造園さんに借りてきた物ですし、知識は対馬造園さんから教わったものですけど、私が言っているのは、あくまで私自身の意見です。御神木の代わりにモミを植える、という案は、対馬造園さんは知っているけど、まだお父さんにも言っていません」

「て、照代の独断ということか。そんなこと、勝手にしていいのか?」

「もしかしたら、後でお父さんに怒られるかもしれません」

 私は睫毛を伏せた。でも屹然と顔を上げる。

「だけど、このまま林さんが……ええと、その、時間切れを待つようなやり方はダメだと思うんです。天国のお母さんに顔向けできないと思って居ても立ってもいられなかったんです」

「顔向け、か……別に、変に気を遣わなくてもいい。私だって、自分の体のことは分かっているし、神主や対馬や、他の連中が、どう考えているかも分かっておる。私が死ぬまでは、御神木を伐るのを見合わせて、邪魔者がいなくなってから、ゆっくり伐ろうという、魂胆だろう」

 はっきり言えばその通りだが、私の口から出すには憚られることを、林さん自身が仰ってくれたので、私も少し気が楽になった。

「はっきり申し上げればそうです。でも私はそういう風にはしたくないんです。御神木は遅かれ早かれ伐ることになると思います。人間や動物や植物だって、どんな生き物も生まれて必ず死にます。御神木だって生きている木ですから、いつか死ぬんですよ」

「病人の前で死ぬ死ぬ言うな。その考え方は、生者必滅というか、仏教ではないのかね?」

「仏教の考えというより、この世の真理ですよね。全てのものは必ず滅びる。生き物だけではなく、神様だって寿命が来たら死ぬんだと思います。西洋の有名な哲学者のツァラトゥストラも『神は死んだ』と著作の中で言っていますし」

「バカ者。哲学者はニーチェだ。ちょ、著作の名前がツァラトゥストラだ」

「そ、そうとも言いますね……」

 やはりうろ覚えの知識は軽々しく使うものではない。巫女服に包まれた首筋に冷や汗が噴き出す。

「つまりは神様である御神木も、もう寿命ですから、お休みいただくということです。でもどうせ伐るんだったら、反対している最後の一人である林さんが元気でおられる間にきちんと理解してもらって、氏子さんたちみんなが納得した形で伐るようにしたいんです」

「もうとっくに、元気ではなくなったがな」

 自嘲か皮肉か、林さんは小さく笑った。

「照代の言いたいことは、分かった。話は聞くだけ聞いた。だけどな、こ、この前も言ったが、伐る時には、御神木は、痛い思いをして死ぬのだ。いや、我々人間が殺すのだ」

 そうだ。御神木の最期の痛みについてはウヤムヤになっていた。

「たしか『最後の一葉が落ちたら私も死ぬ』という小説があったような気がしたが、……あー……、そ、そ、それと同じだ。あの御神木が死ぬ時は、私が死ぬ時だ。御神木も今にも倒れそうだし、私も入院して瀕死の重病人だが、未だ死んでおらぬ。杜の木は未だ死なず、この老兵も未だ死なず。御神木を伐るならば、この私を、刀で、斬り殺してからにするのだな」

「そんな……」

「私を殺す覚悟が無いのなら、御神木をき、伐ることは断じて認めないぞ。さっさと帰れ」

 野良犬を追い払うように、林さんは布団の中から出した骨張った右手を振った。

 話を聞いてもらうことはできた。でも、納得してもらうことは無理だった……

 自分の力不足が嫌になる。目が潤んだが、この場所で泣きたくはなかったので、辛うじて堪える。下を向きそうになったが、涙がこぼれないように意図的に上を向いた。天国のお母さんに、半泣きの顔を見せることになってしまった。

 ベッド脇の一輪挿しに飾られた花は、私の気持ちを反映したかのように、少し頭を垂れているようでもあった。

 クリスマスツリーだけでは、頑固一徹カミナリ爺さんである林さんに対しては決定力不足だったようだ。サッカーのジャパンブルーを批判する資格は、私には無いらしい。


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