第6話 木を求めて
父はぼやいた。私に話しかけている、というよりは、独り言だろう。
「……林さんの騒動もあって、御神木を伐ること自体先延ばしになったなぁ」
どこか遠くを見ているような目をしている父だが、乱視であるにもかかわらず現在は眼鏡をかけていない。だから実際には遠くは見えていないものと思われる。
ならば、今の父の目には何が映っているのだろうか。
「次の御神木をどうするか。……いつになったら見通しが立つのか」
ウチの神社が抱えている問題は、老衰の御神木を伐るか伐らないかだけではない。伐った後、次の御神木をどうするのか。そこまで考えなければならないのだ。
「お父さんは、次の御神木、どうしようと思っているの?」
私の静かな問いに対し、父は遠い目をしたまま考え込んだ。父の頭髪に、二本か三本くらい、白髪があることに私は気付いた。光の加減による錯覚、ではなさそうだ。
「今、境内にある木のどれかを御神木にする……というのは難しいだろうな。見た目、風格、大きさ、樹齢などの総合で考えると。ドングリの背比べというか、決定力不足というか……」
決定力不足という単語はサッカー日本代表について使う専門用語のような記憶もあるけど……父の言葉については私も概ね同感だった。恐らく氏子のみなさんも同じ意見だろう。それだけ、現在の御神木であるモモが、圧倒的に風格を備えていて大きくて立派な木であり、氏子のみなさんに親しまれ続け、思い入れを注ぎ込まれて来たということだ。
「いや。本当は、今の御神木の隣にでも、次の御神木になる木を植えて、その木が大きく逞しく育つのを待つ、という方法を考えていたのだけど……」
なんとなく引っかかる。父のアイディアのどこが不満なのか、私自身にも明瞭には分かっていなかったけど、それ以上に、隣に植える木を何にするつもりなのかが気になった。
「あの、電機メーカーのテレビコマーシャルに出てくる木、いいと思うんだけどなぁ。ハルニレだったっけ? 広い野原に一本、大きく枝を広げて立っている木。品格あるだろう」
確かに威風堂々とした木だったと思う。何という名前の木だっただろうか? ハルニレではなかったような気がするが。
……でもそんな木を現御神木の隣に植えたりしたら、その木が成長して枝葉を広げたら、隣の現御神木を押し倒してしまいそうだ。
というか、広い野原に一本きり、ということは、遮る物が何も無くて日当たりが良いから大きく育っているのではないか。御神木の隣に植えるのは問題外としても、仮に現御神木を伐った後に植えたとしても、周囲にたくさんの木々が茂っているこの境内では、窮屈すぎて大きく真っ直ぐに育ってくれない可能性もあるかもしれない。
つまり、日当たりがあんまり良くなくても育つ木じゃないとダメということだ。
日当たりが良くなくても育ち、それでいて御神木として相応しい風格を持ち得る木。
そんな都合の良い木がこの世にあるか?
「照代は? 次の御神木をどうするか。何か考えがあるのか?」
私もこの神社の一員だ。どうしたらいいのか。自分の意見くらいは持って然るべきだろう。
それより、一つ気になることがあった。
「対馬造園さんと赤城酒屋さんは、御神木にまつわる思い出を話していたけど、お父さんは? 何か、あの御神木に関係のある思い出って、ある?」
「思い出か? そうだな、高校一年のクリスマスの時に……いや、なんでもない……」
言いかけて父は、外していた眼鏡をどこからか取り出し、かけながら小さく笑っただけだった。思い出はあるけど何故か話したくないらしい。父の眼鏡が光り、その奥の目が見えなかったので、真実は読み取れなかった。
「私、条件に合いそうな木をネットで検索して探してみる。もし無かったら仕方ないけど」
ダメで元々。という気持ちだった。
そして翌日の放課後、私は部活を休み、対馬造園さんを訪れて相談してみた。
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