第22話
僕は、初めからわかっていた
僕がどうしても自分のことを思い出せないのは、
記憶の欠落が原因ではないことを。
思い出せないのではなく、
最初からすべて存在していなかったことを。
分かっていて、それでも、蓋をしようとした。
僕を、僕として真っ直ぐに見てくれる先輩を、
僕なりに見つめ返そうとしたのだ。
一人の人間として、精一杯生きようと決心したのだ。
そして、僕の中に根強く生きている、
『彼女』の存在を、忘れようとした――
*
「丙!皆!どこにいるんだ!」
仲間の姿を求め、ひたすらに進む。
あの影…丙も、おそらく他の奴らも、ここにいるはずだと信じて
この場所は初めて見る。
焼け落ちて朽ち果てた集落…見覚えはないが、ここが龍愛達の故郷なのだろう。
この村の纏う空気…湿っぽく、暗い。
黒い、という言葉の方がピタリとはまるのではないだろうか
何せ、流れる小川、しとしとと降り続く雨…空、すべてが黒く澱んでいるのだから
人の気配は感じられないが、この冷たい景色に似合わず、何かに対する強い愛情のような、生暖かい空気を感じる
酷く不気味だ
「丙……」
「――本当にしぶといね、君たちは」
「!」
すぐさま周りを見渡すが、どこにも声の主の姿はない
「人間なんてちっぽけな奴ら、少し痛めつけてやればすぐに消えてくれると思ったのに…」
「…丙を、皆をどこにやった」
「…ははっ、教えて欲しかったら、僕を捕まえてごらんよ!どうせ出来っこないだろうけどね!」
楽しげな高笑いと共に雨足が強くなる。
ひとしきり笑うと、彼は大げさにため息をついてみせた
「……僕がここまでして君達を持て成してやるんだ。有り難く思いなよ」
声が消えると同時に、暗がりから何かの強い気配を感じた。
視界を塞ぐ雨粒を拭ってそれに目を凝らす。
抜き身の短刀を引っ提げ、静かにこちらへ向かってくる。
すらりとした長身に深紅の着物、頭部から伸びる立派な角、そして冷ややかな金色の瞳には見覚えがあった。
「……朧」
その双眸は虚ろで、以前の面影は消え失せていた。
「…叢雲の手にかかったか…」
ゆらめく白刃を前に、俺は武器を構えた。
「すまないな、朧。そこをどいてもらう」
――丙、待っていてくれ
俺たちは同時に地を蹴った。
(続)
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