第22話







僕は、初めからわかっていた


僕がどうしても自分のことを思い出せないのは、

記憶の欠落が原因ではないことを。


思い出せないのではなく、


最初からすべて存在していなかったことを。


分かっていて、それでも、蓋をしようとした。

僕を、僕として真っ直ぐに見てくれる先輩を、

僕なりに見つめ返そうとしたのだ。


一人の人間として、精一杯生きようと決心したのだ。


そして、僕の中に根強く生きている、

『彼女』の存在を、忘れようとした――







「丙!皆!どこにいるんだ!」


仲間の姿を求め、ひたすらに進む。

あの影…丙も、おそらく他の奴らも、ここにいるはずだと信じて

この場所は初めて見る。

焼け落ちて朽ち果てた集落…見覚えはないが、ここが龍愛達の故郷なのだろう。

この村の纏う空気…湿っぽく、暗い。

黒い、という言葉の方がピタリとはまるのではないだろうか

何せ、流れる小川、しとしとと降り続く雨…空、すべてが黒く澱んでいるのだから


人の気配は感じられないが、この冷たい景色に似合わず、何かに対する強い愛情のような、生暖かい空気を感じる

酷く不気味だ


「丙……」


「――本当にしぶといね、君たちは」

「!」


すぐさま周りを見渡すが、どこにも声の主の姿はない


「人間なんてちっぽけな奴ら、少し痛めつけてやればすぐに消えてくれると思ったのに…」

「…丙を、皆をどこにやった」

「…ははっ、教えて欲しかったら、僕を捕まえてごらんよ!どうせ出来っこないだろうけどね!」


楽しげな高笑いと共に雨足が強くなる。

ひとしきり笑うと、彼は大げさにため息をついてみせた


「……僕がここまでして君達を持て成してやるんだ。有り難く思いなよ」


声が消えると同時に、暗がりから何かの強い気配を感じた。

視界を塞ぐ雨粒を拭ってそれに目を凝らす。

抜き身の短刀を引っ提げ、静かにこちらへ向かってくる。


すらりとした長身に深紅の着物、頭部から伸びる立派な角、そして冷ややかな金色の瞳には見覚えがあった。


「……朧」


その双眸は虚ろで、以前の面影は消え失せていた。


「…叢雲の手にかかったか…」


ゆらめく白刃を前に、俺は武器を構えた。


「すまないな、朧。そこをどいてもらう」


――丙、待っていてくれ


俺たちは同時に地を蹴った。



(続)

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