第19話
ある日、青龍と丙を除いた全員は書斎に会していた。
目的は丙の生い立ち、抜け落ちてしまった記憶について情報を持ち合わせること。
「…なにか、丙について分かったことは?」
「うーん…それがね、何の気なしに丙が覚えていることを聞き出してみたんだけど、それがどうも俺たちの故郷にそっくりなんだ」
「俺たちの?」
首を傾げた朱雀に白虎は頷いた。
丙が、断片的に思い出せるのは、どこまでも広がる青空と、広大な自然。
そして故郷の奥に佇む神社と丘の上の大きな一本桜だという。
それは間違いなく、自分たちの故郷のことだと、白虎は思った。
「確かに私たちの育った村には、立派な神社、そして一本桜が植わっていたな」
「でも、俺は丙くんと会ったことなんてない気がする。あんな綺麗な男の子、一度見たら忘れないよ」
その言葉に面々は頷く。龍愛は十年前の神隠しの日に丙と対したが、その時が初対面だった。
「もし丙が生きていたのが同じ村だったとしたら、違う時期を生きていた可能性もあるね。少なくとも、俺たちの生まれる前に」
「じゃ、どうして、叢雲の野郎は丙を追い回すんだ?」
「そこがわからない。彼が生前、丙となんらかの形で関わっていたのか、それとも何か別の訳があるのか、ね」
「肝心の丙の記憶が抜け落ちているのでは、確かめようがないな…」
そう言って龍愛は肩を落とした。
丙の存在する本当の意味を、彼らは知る由もなかった。
*
同刻。熱心に折り紙を折る丙の背中を、青龍はじっと見つめた
その細く儚げな姿は触れたら消えてしまうようで、どこか悲しげで、恐ろしい。
「…先輩」
丙は手をぴたりと動きを止め、振り向かずに語りだした。
「ごめんなさい。僕は…嘘をついていました」
「…」
「僕、心のどこかで分かっていました。元々、失った記憶なんてないってこと…この微かに憶えている情景は、…僕のものではない」
膝に置かれた手に力を籠め、絞り出すように、言葉を吐いた。
「僕は…、犀河丙という人間は…存在しないんです…」
「…そうか」
その言葉に、青龍は然程驚きもせず、彼を離すまいと、その震える肩を静かに抱き寄せた。
「先輩、もしすべてが終わって、全てが元通りになったら、そのときはどうか、心の底から自分を信じてあげてください」
「先輩らしさを、どうか忘れないで」
次々と零れる涙を、青龍はそっと拭った。
(続)
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