第18話

「誰かが死ぬなんて考えてもいなかった。正直」


愛刀を眺めながら龍愛は言った。深緑の滴る庭からの陽を受けて、鞘が黒光りする。

笑いが零れてしまうほど、現実は厳しく、どこかまだ夢の中のようだ。


「いや実際、死ぬとこだったぜ。あれは」

「でも、こうして今も生きてるじゃないか。しぶとく」

「なんだそれ」

朱雀も微笑むが、心の中のざわめきは治まらない。妹の視線を追って、刀に目を向ける。


「私は慣れてしまったのかもしれない、この緊迫感に。あの日から今日まで、ずっと…」

「……」


その後龍愛は言葉を発さず、刀を見つめていた。

まるで両親の声が聞こえてくるようだと、朱雀は思った。




七年余りしか両親と生きてこなかった故、色濃く遺っている思い出というものは殆どないが、幼少の頃から刀に関する天稟を持っていた朱雀と龍愛は早くから両親の―四神を継ぐ刀を授かっていたのははっきりと覚えている。

朱雀は、勉学は不得手だが一際洞察力があり、両親の晩年には、剣に優れている代わりにうっすらとしか人間味の感じられないような妹の相手も任されていた。

それを面倒に感じたことは一度もなく、二人で一つであると互いに認識していた。


「…なぁ、龍愛」


振り向いた龍愛の瞳は十年前と比べて幾らか女性らしく、人間らしくなっているがどこか危なっかしい部分は変わらない。

この瞳を見ると、彼女を守るのは兄である自分であると、背筋が伸びる思いだ。


「……死なないでくれよ」

「…なんだ泣きそうな顔して。…わかってる」

それはこっちの台詞だ。と付け足されて、朱雀は頷くが、

それでも胸の内は穏やかではなかった。



この幾星霜、四神が代々守ってきた妖と人の秩序。

それが音を立てて崩れる様を容易に想像できるほどに、今の状況は危うい。

十年前のあの事件を境に、世界は歪んでしまった。


父さん、母さん…俺たちはどうすればいい?


朱雀は龍愛に悟られぬよう、密かに刀に問うのであった。





(続)

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