第四章 約束
第17話
その夜、丙は寝室の机で黙々と折り紙を折っていた。
友禅染の繊細な紙に折り跡を付け、端を整えると人知れずにっこりと笑う。
「丙?」
「はいっ!」
突然開いた障子に飛び上がりつつもその影を見上げ、ああ…先輩、と一言
「もう遅いぞ、なにやってんだ?……先輩?」
「ああ、あの」
一度に質問されて、どちらを先に話そうか迷いつつ、丙は笑顔で答えた
「折り紙玉を折ってて。まだ途中なんですけど」
両手に乗せた和紙の物体は多方面に角があり、まるで星のように見える。
それを興味深げにじっと見つめる青龍をちらっと見やり
「先輩っていうのは…青龍さんのことです」
「俺?」
はい、と丙はうなずいた。
「青龍さんは、本当に、見ず知らずの僕なんかの面倒を見てくださって、守ってくださって、色んなお話をしてくださって。…この間の繰り返しになっちゃいますけど、本当に嬉しいんです。僕の憧れです」
「…そうか」
「先輩って、呼んでもいいですか?」
「…好きに呼んでくれ」
すると丙は嬉しそうに、完成したらあげますね、先輩に。とまたはにかんでみせた
*
「『口を借りて喋った』かぁ~」
白虎はいつもより更に更にねちっこく語尾を伸ばし、そして深くため息をついた
全員の決して穏やかではない視線が白虎に向けられる。
宙をぼんやりと見つめ考え込んだあと、
「やっぱり叢雲は亡霊であって、現世で姿を見せることは出来ないけども、誰かに乗り移って人間と口を利くことはできるんだねぇ」
「でも、白虎さん。僕の夢の中には彼そのものの姿で現れました。もしかして夢の中では姿を見せることが可能なんじゃ…」
「俺の夢にも声だけ聞こえたよ…え、もしかしてあの時後ろにいたのかな…うわぁぁ…」
「今更ビビってどうすんだよ…」
朱雀のツッコミにでもぉ…と縋る玄武は今にも泣きそうだ。
いつもなら手や足が出るところだが、朱雀自身もその場に居たからか、それとも朱雀の方が実はビビっているのか、この時ばかりはじっとされるがままになっていた。
そんな兄を見やってから、龍愛は凛とした声音で白虎に問う。
「それならどうしてわざわざ夢の中で玄武の口を借りるような真似をしたんだ?」
「それが恐らく彼の狙いなんだね、現に何らかのショックがあったでしょ。…特に、そこの二人」
玄武は無言で頷いた。あの出来事のおかげか自分の過去についてけじめがついた気もする。
それでも何日か眠れない夜が続いた。
朱雀も朱雀で、幼馴染みを殺しかけたことついては畏れを抱いたようだ。
何度自身の両手を恨めしそうに睨みつけたことか
「叢雲の狙いは俺たち一人ひとりを内側から壊すこと。むしろ壊して俺たちすら取り込もうとしているんじゃないかな」
「神隠しにあっているのも、同郷の人たち…。玄武と同じ方法で、帰れなくなってしまった人も、中には居るのかも知れないな」
「だとしたら…残念だけど、もう彼らの生存は絶望的かもしれないね。叢雲の行動は陰湿で執念深く残虐だ。しかも既に、俺たちにまで手が及んでいる。急がないと被害が出ないとも限らないね」
白虎は普段からは想像もつかないような厳しい面持ちで、机に手を組んだ。
「誰かが死ぬかもしれない」
突き付けられた言葉。しかしそれは既に目の前に迫っている紛れもない事実だった。
あの時朱雀が助けに行かなかったら、玄武は罪の意識の中で消えてしまっていたかも知れない。
全員の顔が一気に強ばる。
重苦しい沈黙。
「…………叢雲…」
「…もう…止められない…」
丙は、自身でも気が付かないような小声で、そっと呟いた。
静かな雨音だけが、耳を穿っていた。
(続)
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