第15話

力を込めて蔵を開けた先に広がったのは赤――



燃え盛る炎だった。




「…玄武!!!」


おぞましい呻きに混じって、子供の泣く声が聞こえる。

この炎のずっと奥、本当に微かな声。



ここは夢の中だ。燃えたとしても死ぬ事はない…

俺は意を決して泣き声へと駆け出した。




炎の中を走っていく中で、真っ赤に燃えていたそれは段々と青白いものに変わっていく


顔のすぐ横で燃え上がった炎を間一髪で避ける。

髪の毛が少し燃えた気がするが気にとめなかった。

…それどころではなかったのだ。


その先に姿を現したのは…




「…そんな…」


十年前と何一つ変わらない

あの頃の玄武だった。



「おかあさん…ごめんなさい…ごめんなさいごめんなさいごめんなさい…ごめんなさい…!!!!」


「!玄武…!!」


暴走した玄武の炎が旋回して迫ってくる。

それを避け、刀で弾き、一気に間合いを詰めた。


目の前の小さな肩を思いっきり地面に押し付ける

すると周りの闇は雲のように消え、あの日の村が現れた。


木材が焼けて弾ける音。渦巻く怨みの声

まぎれもない、あの日の…


「ッがは!」


下から思いっきり蹴りあげられ、反射的に距離を取る。

蹴り上げた本人の姿は幼少のものではなく、既にいつもの姿に戻っていたが、

その目に宿す狂気はそのままに、手にした札は炎を携えて、俺を狙っている。


「まさか…お前が村を…」

「朱雀くん、そこをどいて。君まで帰れなくなるよ」

「はっ…やる気かよキャベツ野郎。俺に勝てた事もないくせに」


暫しの沈黙の後、玄武の札から炎の閃光が放たれる。

真っ直ぐ向かってくるそれを横に転がって避け、玄武に向かって突っ込む。


「萎えるぞキャベツ、追尾機能でもつけた方がいいんじゃねえのか!」


そして掴みかかろうと玄武の眼前に迫った時、玄武の口がゆっくりと動いた


「いいよ朱雀。そのまま殺してしまえ―――――」


「!」


瞬間的に俺は玄武を庇うように抱え、周囲に刃先を向けた。


「お前は誰だ!」



「…すざくくん…」

「!…玄武、もう大丈夫だ」

「…朱雀くん…逃げて……ここに居たら……君もしんじゃうよ…」

伏せられた表情を伺い知ることは出来ないが、か細く震えた声で玄武は逃げて逃げてと繰り返す。

そんな光景に、沸き上がっていたぶつけようのない怒りが爆発して、気が付けば玄武を殴っていた。…今朝と同じ場所を。


「バカ野郎ふざけんな!!俺だけ帰るなんてそんな無駄な事出来っかよ!!何の為にわざわざこんな辛気臭ぇとこ来たと思ってんだクソ野郎!!」


怒鳴られた玄武は頬を押さえぽかんとしていたが、やがて泣き笑いのような表情になった。


「朱雀くん…ここに来ても…いつもと変わらないね…俺……やっぱり……こんな……い…」


ぼろぼろと零れる涙も鼻水すらも垂れ流して情けない顔で玄武は泣き出す。

顔から出てる色んなものを手の甲で拭いながら

、玄武ははっきりと言った。


「俺、やっぱりこんなところにいたくない…朱雀くん、俺生きたい…生きたいよ…っ」

「…誰が死なせてやるか!!さっさと帰るぞ!!」

「…うん…!」

いつの間にか景色は先程の蔵に戻り、俺たちは階段を登り出した。

その時、


「逃がさないよ――――――」


楽しげな声が響き、凄まじい濁流が背後から押し寄せて来るのが分かった


「朱雀くん!」

「走るぞキャベツ!!」


飲まれたらいけない。飲まれたら今度こそ終わりだ。

ひっきりなしに警笛を鳴らす脳みそに押されて懸命に光に向かって突き進む。

もう少し、もう少しだ!!――――――


玄武の腕をしっかりと掴んで光の中へ飛び込むと、次に目が覚めたのは自分の布団の上だった。


「帰ってきた……」

「朱雀くん…」


そして傍らには、玄武が座っていた。

痛々しく腫れた頬が目に映った。


無事に、帰ってきたんだ。







「もう…わかってるよね、俺が、あの日何をしたのか」

「…ああ」

「俺、あの日から今日までの10年間ずっと、罪悪感の中で生きてきたんだ。お母さんを殺して、故郷を焼き尽くした自分が許せなくってさ…償わなくちゃって思ってたんだ…俺はこうして笑って生きてるべき人間じゃない。本当は皆にぜんぶ話して、恨まれるべきなのに、恨まれながら死ぬべきなのに。…だから、あの夢の中に閉じ込められたとき、心の底からほっとしたんだ。」


真っ赤に腫れた頬をそっと撫でながら、玄武はでも…と続ける


「朱雀くんのおかげで、目が覚めた。俺は…生きなきゃいけない。どうせいつか死ぬなら、きちんとケリをつけてから死ななきゃ。村のことも、お母さんのことも……自分のことも」

「………」

「ありがとう朱雀くん」

「………別に」


いつもとは違って真面目な玄武の態度に少しもやもやして顔をそむけると、ツンデレちゃん!と言われて抱きつかれた。


(すげえムカついたから頭突きしてやった)




(続)



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