第14話

朱雀が血相を変えて居間に飛び込んできたのは、朝のことだった



キャベツ野郎が起きないーーー



それを聞いた龍愛はまさか、と笑った


「朱雀相手だから、また寝たふりでもしてるんじゃないか、いつものイタズラだろ」

「違うんだよ龍愛、本当に起きないんだ。揺すっても蹴っても、しまいには本気で打ったよ…あの野郎、びくともしない」

「やりすぎだ…朱雀」


青龍が呆れたように咎める。

白虎はふむ…と考えてから、口を開いた


「それはおかしいね…玄武とはもう十年以上一緒にいるけど、本気で叩いたりなんかしたら、さすがに叫ぶはずだよ。朱雀が打ったなら尚更ね」






玄武の瞼はしっかりと閉じている。

目の前の胸は静かに上下しているし、死んでいる訳ではないらしい。

白虎と青龍、そして朱雀は胸を撫で下ろした。


「しっかし…すごい力だねー」

「死んだかとおもったんだ。…ほんとに」

真っ赤に腫れた玄武の頬を見て苦笑する白虎の隣で、朱雀は縮こまった。


少し考えて、青龍は聞いた

「これも例の…叢雲と何か関係があるのか」

「さあね、それは俺にも分からないけれど……どうやら全く無関係というわけでもなさそうだ」

「?」

「鍵になるのは、『夢』」

「……丙の夢も、叢雲が見せていた…玄武も同じだってことか?」


白虎は頷いた


「玄武が叢雲によって夢の中に閉じ込められた可能性は大きいってことだね」






その夜、朱雀は見知らぬ草原にいた。

ぼんやりとした感覚だが、はっきりとする意識に、ここは夢の中であると察知する。

これは好機かもしれない。もしかしたら、玄武の元へたどり着けるのではないか


朱雀は意を決して呟いた。


「よし…待ってろよキャベツ。引っ張り出してやるからな」


すると周りの景色がみるみる形を変えていく。

やがて現れたのは地下へと続く長い木造の階段だった。

下は闇がぽっかりと口をあけ、ごうごうとした音が聞こえる。


妙に生ぬるい風を受け、朱雀は階段を下りながら、昼間の会話を思い出していた。


『白虎…少し聞きたいんだ。お前とキャベツはあの日、どこにいた』

『…それは』

『俺と龍愛が村へ戻ったとき、村は瘴気が渦巻いていた。生きた人間なんていやしなかった』


長い階段だ。先が見えない。

十年前のあの日と、似たような空気が漂っていた。



『俺と玄武は、村から逃げ出そうとして、そこで影に飲まれた』

『飛ばされたのがこの家ってことか』

『うん。でも………玄武は……玄武はあの日……』



無数の呻きや泣き声のなかで、ようやくたどり着いた石の扉…

固く閉ざされたそこは死の匂いがした。

そして、果てのない悲しみと、後悔の念が溢れんばかりに満ちていた



『玄武はあの日…自分の母親を殺したんだ』





(続)

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