第二章 憎悪
第8話
─無数の鳥居の中を、ひたひたと歩く影。
人影は死神のようにあたりを黒く嫌な空気に変えていく。
どうして僕はここに居るんだろう、
身体が重くて息苦しい。
視界が狭まっていく。
目を開けていられない。
思わず崩れ落ちたそこはぐちゃぐちゃと湿った大地。
狼のような唸り声が響く、
すぐ横でビシビシと何かがひび割れた。
驚いて身体をびくつかせた瞬間、
鋭い音をたてて空気が砕け散る。
ばらばらと硝子が降り注ぐ中、飛び起きるとそこは一面の闇。
音といえば、かしゃんかしゃんと硝子の落ちる音ばかり。
それすら止んでしまい、僕は耳の詰まるような静寂に取り残された。
すーっと目の前に浮かび上がる白い足首。
だんだんと姿を現したそれは鋭い目を僕に向けていた。
彼は歪んだ口元をおもむろに開く
「また会えたねえ、丙」
「あなたは…?」
「おや、僕が分からないのかい?」
目の前の男は片膝をつくと、僕と真っ直ぐに視線を合わせる。
濃い紫の瞳は深い憎しみを孕んでいた。
「千年前、十年前…ああ、一週間前とも言えるね…それきり会ってなかったけど、元気にしていたかい?」
男の周りに黒い霧のような影が渦巻いていく。
僕は、その影に見覚えがあった。
身体中が戦慄を覚える。
「もしかして…あの時のっ…」
「思い出したかい?…そうだよ、叢雲だよ」
嫌な動悸がして、さぁっと血の気が引いていくのがわかる。
視界がちかちかして、手足が痺れた。
「怖がらないで、僕と共に行こう」
「…っ…嫌です…!」
意識が朦朧とする中で、懸命に声を絞り出した。
すると叢雲は困ったように笑った。
「どうして?君はあの日、よくやってくれたじゃないか」
「僕は…なにもしてません…!」
「いいや、君のおかげだよ。君があの場に居てくれたおかげで、僕は…」
「っ!」
これ以上は聞いてはいけない気がして、僕は耳を塞ぐ。
覚めろ覚めろ、と何度も呟く。
これは夢だから、悪い夢だから。
覚めて、覚めて
お願い───
「丙!」
ハッと目を覚ますと見慣れた天井。
そして焦りを露わにした青龍さんの青い瞳。
「驚いた。酷くうなされていたぞ」
「っ…」
ゆっくりと半身を起こし俯く。
顔を覆った片手はぶるぶる震え、
自分の寝間着はぐっしょりと汗に濡れていた。
「すみません…」
青龍さんは震える声で謝る僕の頭を、少しぎこちない手付きで撫でた。
*
「丙がそんな夢を?」
「うん。青龍くんが教えてくれたんだけどね」
朝食の後、龍愛と玄武は共に洗濯物を干していた。
龍愛はタオルをぱん、と張ると改めて玄武を見た。
「…気になるな」
「その夢の中の景色が、近所の神社にそっくりでさ」
龍愛は再び洗濯物を手に取る。
夢の中での丙に対する意味深な発言。
二人の邂逅が十年前であり千年前でもあるとは一体どういう事なのか。
そして、龍愛は『叢雲』という名に聞き覚えがあるような気が、どうにも拭えずにいた。
十年前のあの日。
『ごめんね、 私のせい、だよね』
ノイズがかかったように途切れ途切れにしか聞こえなかったあの声は、
叢雲と名を呼んでいたような…
「行ってみる価値はありそうだ」
龍愛の言葉に、玄武は大きく頷いた。
(続)
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