第7話

-龍愛side-



衝撃の直後、朱雀と白虎は素早く立ち上がり庭を見た。

私も後からついて行き、朱雀の後ろから庭を見渡す。


そこには二人の人間が倒れていた。

一人は平安時代を連想させる狩衣姿の青年。派手な赤い髪が目を惹く。

もう一人は小柄で茶髪の少年。彼もまた袴をを穿いていて、あまり現代では見かけない格好だった。


それを見た玄武が飛び出して二人に駆け寄り、揺すりながら呼びかける。


「ねっ、ねえ!大丈夫!?」 


すると、少年の方が身体を少し動かし、目をぱちりと開いた。


「大丈夫…?」


「…ここは…?」


鈴を転がしたような、細い声が少年から発せられる。


(この声…)


「んーとね…」


玄武が返答しようとした時、もう一人の青年がゆっくりと起き上がった。 


「…っ今度は何だ…?」


少し鼻にかかった低い声。

二人とも戸惑いを隠せない表情だ。


そんな二人に、玄武は笑顔を浮かべた。


「ここはね~、そこにいる白虎の家だよ」


「…………」

何だか疑心を秘めた目をしている青年。

その瞳には、静かな敵意が宿っている気がした。


彼はゆっくりと辺りを見回すと、立ち上がって砂を払った。

それに続いて少年もぱんぱんと砂を払いながら口を開く。


「すみません。ご心配おかけしました」


「いーよ、いーよっ。とりあえず、中入りなよ」


「あ…はいっ、失礼します」


  





「お茶、入ったぞ」


私は二人と他のみんなにお茶を運んだ。


「あっ、ありがとうございますっ」


緊張を隠せない様子の少年はぺこりとお辞儀をする。

一方青年のほうは小さく礼をしただけだった。


「…ところでさあ~、二人ともどっから来たの?」

玄武は満面の笑みを浮かべる。

その瞬間、少年は俯き、黙り込んでしまう。


青年は手を付けず、見つめていた茶から目を離すとぼそりと答えた。


「…俺は都からやってきた」


「都?」


それに白虎はいち早く反応する。

そして少し考える素振りをすると、こう問いかけた


「……それはもしかして、たいらのみやこ、かな?」


「ああ」


青年と白虎のやり取りを見て、玄武は隣に座っている朱雀に小声で問う。


「…ねえねえ、たいらのなんちゃらって何?」

「…平安京のことだ」

「ええっ!?」


大声を上げた玄武に朱雀はゲンコツをお見舞する。

うがっ!とうなったきり、玄武は静かになった。


「そうなんだあ~、じゃあ、君は?」

白虎は穏やかな声色で少年に振った。

少年は俯いたまま、ゆっくりと首を横に振る。


「……おぼえてないんです、僕。気が付いたら、土砂降りのなか、必死で、なにかから逃げていました」


ゆっくりと紡がれる言葉。


すっかり落ち込んでしまった少年を元気づけるように、玄武は微笑んだ。


「しょうがないよね、大変な目に遭ったんだもん」


「すみません…」


「へーきへーき、俺もよくあるし!」


「お前はいつもだろうが」


朱雀の一言に玄武は負けじと返すが、さらなる攻撃についに心が折れてしまった。

そんな二人に、少年は少し気持ちが軽くなったようだ。


「まあ、帰る方法が見つかるまで、ここに住みなよ」


「…いいんですか?」


白虎の誘いに、少年の大きな瞳が少し輝いた。


「いーよ全然、この二人も似たようなもんだし」


と言って私と朱雀を指す。

少年は微笑むと、丁寧にお辞儀をした。


「よろしくおねがいします」


「……よろしく」


青年も軽く礼をすると、白虎は微笑む。


「じゃあ、一緒に暮らすんだから、自己紹介しないとね」


すると、青年が口を開く。


「…南青龍だ」


「あ、えっと、僕は犀河丙です。今日から、どうぞよろしくおねがいします」


少年は、少女のような愛らしい笑みを浮かべ、首を傾げてみせた。

その姿に、私は身をすくませる。


…どことなく似ている。『彼』に。


『姉さんなの?』


『姉さんはその刀で殺された!!!!』



彼の笑顔は、あの日の出来事を鮮明に思い出させた。



「…龍愛ちゃん、大丈夫?」

「!…ああ…ごめん」



この出会いが、私たちの運命を大きく動かしていくような、そんな気がしていた。




(続)

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