第7話 大移動にて
「オーミ、そーじ」
「めんどい」
本日の2人は、とてもだれていた。社の裏の小屋でごろごろと寝転がっている。
青海がマリナの下へ来てから半年。こちらの世界へ来てから9か月経ったある日の出来ごとであった。
「養ってくれるっつったーじゃん」
「飯は用意してんだろ。掃除は養ううちに入らん」
とてもやることがない。
昨日仕留めた大物の魔獣のおかげで、暫くは狩りに出る必要もない。町に行くにも、もう少し売れる素材を集めてからにしたい。
「オーミ、暇だったらそーじくらいやってもいーじゃん」
「マリナだって暇なんだろ? やったらどうだ?」
最悪である。
そんな風にだれていたところ、社の辺りからパタパタと何かが駆ける音が聞こえる。
マリナはそれに気づいた途端に立ち上がり、小屋の外へ出ていく。何かあるのだろうかと青海もその後を続く。
「きっつねー。オーミ、きっつねーだよ」
マリナは駆け寄り、狐を撫でる。馴れているようで、狐はマリナに頭をこすり付けてくる。
気をよくしたマリナは社に入り、供えてある肉を切り取り分け与える。
「おいそれ神様に捧げたものだろ」
「きっつねーは神様のお使いなんだよ。だから神様の代わりに神様のものを分けるのはとーぜんしょ」
神の使いには違いないが、狐は基本的に稲荷神の使いであり、全ての神の使いというわけではない。
とはいえ
「まあいいんだけど。それにしても随分となついて──」
「オーミ、近寄ったらダメ」
マリナへ向かおうとしている青海に声をかけ、足を止めさせる。
この世界で上手く生きる術のひとつとして、青海はマリナから『ダメ』と言われたことはやらないことにしている。彼女のダメには必ず理由があるからだ。
「きっつねー、どうしたの?」
尻尾をのた打ち回らせるように振り、うれしそうに撫でられている狐に話しかける。動物に話しかけるというのはよくあるが、聞いたところで答えてもらえるはずがない。
「んー、ふんふん。ほーほー」
マリナの耳元へ囁くように狐が首の匂いを嗅いでいる。まさか言っていることがわかるというのだろうか。不思議そうな顔で青海はその様子を伺う。
ひたすら撫でまわされ、餌ももらい満足した狐はやがて去っていった。
「なんだったんだ、あれ」
様子を見ていたが、一向に何があったのか理解できない青海はマリナへ直接聞くことにした。
「んー、魔獣がだいいどーはじめたって伝えにきたん」
「大移動?」
聞いたことのない言葉に、青海は内容を詳しく問う。
魔物は半年ごとに住処を変える。寒くなる前に南下し、暑くなる前に北上する。青海がここへ来たのが半年前で、丁度大移動の時期であった。
今まで狩っていた魔物が南へ移り、代わりに北の魔物がやって来る。それは戦いの質が変わることでもあった。
「なるほどな。つまり狩りに行くときは気をつけろってことか」
「そゆこったね」
「理解した。んで、さっき俺を止めたのはなんでだ?」
「きっつねーはけーかいしん? が強いから、知らない人が寄ってきたらにげんのさ」
「そういうことか」
狐に限らず野生動物は基本的に警戒心が強い。特に天敵がいる場合は尚更だ。
もしあの場で青海が近寄っていたならば、魔物の大移動に気付かなかったかもしれない。必要なことは覚えておくのが青海の信条である。
「さて、んじゃ私らもいどーすっかー」
「えっ」
まさか魔物と共に移動するとは思っていなかった青海は、マリナの突然な言葉に面食らう。
そんな青海を無視するかのように、マリナは旅立つ準備をする。
「南へ行くのか?」
「いんや、北」
更に青海はわからないといった顔をする。魔物は南へ向かっているのだから、同じく南へ行くのが通常なのではないだろうか。
なのにそれを逆行する理由がわからない。
「なんで北へ?」
「北へ行くほど魔獣が強くなんだけどね、牙とかの値段も高くなっし味もよくなんのさ」
基本的に北の魔獣は寒さに耐えるため脂肪が多くついており、旨味が増す。その代わりパワーや凶暴度も上がるため、狩りづらく牙なども高価になる。
そしてこの大移動の時期に合わせて北上するのは、より強く高価な魔獣と会いやすくするためだ。
「ようするに出稼ぎだな。てか最初からもっと北に住めばいいんじゃないのか」
「私はこっからとーくまで長い間離れられないんだよ」
マリナがもっと若いころに使ってしまった『
『“
これにより、今まで何故ここが魔物などに襲われたり、異教徒だからと過激な国教団体から攻撃されなかったかを青海は理解した。
もしこれで拠点を移動してしまったら、この場は『
そうなるとこの神社はあっという間に発見され、破壊されてしまうだろう。
だからマリナがここから長くとも3カ月以上離れることはできない。巫女として神社を失うわけにはいかないのだ。
「面倒な制限かけたもんだな。でもそのおかげでここは無事ってことだし長短か」
そんな会話の中、マリナが何かを思いついたかのように手を叩く。そしていやらしい顔つきで青海を見る。
嫌な予感が青海の脳裏に浮かびあがる。マリナが一体何を言い出すか、大体の予想を立てる。
「オーミ、ひとりでいってこー!」
予想通りの回答に、青海は片手で頭をかかえる。
青海一人で行けば確かに時間の制約もないし、何よりも楽だ。半年間ガリガリと削るように狩りを行い、たっぷりと金目のものを稼いで帰ってきてもらう。これ以上のものはなかなかないだろう。
「俺が面倒じゃないか」
「オーミはもっとこの世界をべんきょーすべきだよ」
それを言われてしまうと青海も渋々従うしかなくなる。こんな世間から隔離されている場所でいつまでも引き籠ってなんているわけにはいかない。そのためにはこの世界をもっと知らなくてはならないのだ。
「でもよぉ」
「まー私も肉食べに行きたいし、少しの間はいっしょーにいったげるよ」
「マジかよ……」
青海は強制的に連れて行かれることとなった。マリナが一緒にいてくれるのは、せいぜい1か月程度だろう。あとは1人で狩り続けなくてはならない。
そのとき一番の問題は寝床だろう。この半年で魔物の捌き方はかなり上達した。火も起こせる。食糧に問題がないとすれば、心配すべきは寝るところだ。
今まではここまで戻れば安全だった。しかしこの地を離れれば、いつ魔獣に襲われてもおかしくない。野宿は危険なのだ。
「もし一人になったとき、寝る場所とかどうすりゃいいんだ?」
「なんのために町があるんさ。かせーでねよー」
宿に泊まれるだけは最低でも稼げと言っているのだ。
だがそれで消費していたら戻ったときマリナは怒るだろう。できる限り稼いで戻らなくてはならない。
こうなったら後で楽をするため、面倒でも先にがんばるしかないようだ。
「はぁ。じゃあ後で楽するためだと思ってやるしかないか」
「あっとね、旅の間は
普段マリナとの会話は全て日本語だ。だがこれだといつまで経っても青海はスティーグ語を覚えない。そもそもこちらの生まれであるマリナはスティーグ語で育っており、日本語よりも遥かに堪能である。
「……仕方ないよな、こればかりは」
「まーがんばれーよ」
青海は馴染みつつあるこの小屋を離れ、北へ向かって旅立つこととなった。
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