第6話 タルタローゼにて
青海がマリナの下で働くようになり、3か月。この世界へ来て半年が経ったころ、マリナが突然余計なことを言い出した。
「オーミ。町いっくよ」
基本的にマリナは自給自足の生活をしているが、ぼちぼち山を下りて町へ行くらしい。自給自足だけで賄えないものを買い足したりするためだ。
「めんどいからパス」
「ちょっと、私がいつもめんどーゆーからって真似しなくっていいから」
「俺は元々面倒なの嫌いなんで、誰がどうというわけじゃないから」
「私だって嫌いっさ」
青海もすっかりマリナと打ち解け、今となっては互いに雑な話し方をするようになっていた。
「オーミは私を養うためにきたんしょ。だったら少しはゆーことききなさい」
「少しはっていつも聞いてんだろ。狩りも飯も掃除も俺がやってんだし」
「だったら町くらいいーしょ」
「人ごみ嫌いだし、面倒だしなぁ……。ちなみにどこの町?」
青海が地図を取り出し、マリナに尋ねる。ここから歩いて行けるような町は3つしかない。
「んー、きょーはタルタな気分っかなー」
マリナが言う町は、タルタローゼという大きな街道沿いにある商業中継町だ。都市間を結ぶ街道の町であり、宿が充実している。
そして東西の貿易を結ぶ役割もあるため、様々なアイテムが揃っている重要拠点のひとつだ。
この町には青海も行ったことがない。というよりも最初に訪れた町イルクイク以外は知らないでいた。
「そこは行ったことないし、見てみるかな」
青海の面倒は方便みたいなもので、暗に他のクラスメイトたちと会うのを避けたかっただけであり、他の町であれば行ってもよかった。
「おっ、いーね。じゃさっそくいっくお」
嬉しそうに腕を上げ、急かすようなことを言うマリナに、青海は小さく溜息をついた。
タルタローゼの町は、巨大な防壁に囲まれた大きな町だ。
都市ほどではないが、多種多様な人が住み行き来している。
平野部にあり魔獣などが襲ってくることはないのに、頑丈で巨大な壁に囲まれているのはこの町の状況のせいだ。
都市を結ぶ中継のため、ここにはたくさんの商人や貴族などがやってくる。そこでもし犯罪が起こったらどうするか。
もちろん犯人を捕まえるのだが、壁のおかげで犯人はこの町から外へ逃げられない。門は2か所しかないため、両方を閉鎖してしまえば犯人を閉じ込めているのと同じになる。
そのためこの町の犯罪は少ない。完全になくすことは無理だが、衛兵も多いし刑罰も他の町などよりも厳しいためリスクを負ってまでやるメリットが少ない。
青海たちはそんな町の門の前まで来ていた。
「早くはいろうぜ」
「なに? オーミは子供っだねぇ。楽しみなとこ?」
青海は別にワクワクしているからマリナを急かしているのではない。町で売るために用意した大量の品物を早く手放したいからだ。
まず品を売り、その金で必要なものを買う。それでやっと帰れるわけだ。
『おっ、マリナさん、お久しぶり』
『こんにちは。ご無沙汰しております』
マリナは門番へスティーグ語で丁寧に話す。彼女曰く『外行き語』というもので、基本的に彼女は上品に振る舞っている。外面だけは。
そして今はいつもの巫女服ではなく、ちょっと値の高そうな私服を纏っている。どこから見てもお嬢様だ。
齢22の淑女にお嬢様と言うのも些か失礼かもしれぬが、両親とも日本人のマリナは幼く見えるらしい。
『本日は弟を連れて参りました。彼もそろそろ仕事を覚えたほうがいいと思いまして』
『ほう、マリナさんの弟さんか。頑張りなさいよ』
『よ、よろしくです』
たどたどしいスティーグ語で青海が話す。初めて来た場所で緊張をしているという設定であれば、拙いスティーグ語だろうと誰も気にしない。
この町は出入りに厳しい場所だ。だがいつも笑顔で礼儀正しいマリナは衛兵からも人気があり、その弟であれば問題ないとして青海も特に取り調べられることなく通れる。これも彼女なりの処世術なのだ。
「さーあ、ととっと売りにいっくよ」
町の中に入り、日本語で会話した途端雑になる。うまいことやってるなと青海は少し関心する。
そういえば最初出会ったときも丁寧だったなと思い出しながら。
「マリナって結構世渡り上手いんだな」
「だあって、ニコニコしておじょーひんに話すだけでめんどーな手続きとかはぶけるよーになんだよ。だったらやったほうがめんどくなくていーでしょ」
ご尤もな答えだ。
毎回睨まれながら取り調べられるのは愛想を振りまくよりも面倒だろう。彼女も面倒を天秤にかけられるということだ。
「それでどこに行くんだ?」
「まほーざっかやさんだよ」
「ほう」
青海はここでようやく魔法の存在を正しく知った。以前山彩の授業では聞いていたが、彼女は魔法使いというわけでもなかったため詳しくは教わっていなかった。
「ゆっとくけどきょーみもっちゃダメだよ。まほーは名前のとーり魔の法だかんね。いくら神様がとても神様だからって、使ったらおこっからね」
「了解。ちょっと残念だけど諦めるよ。だけど関わるのはいいのか?」
「べっつに大丈夫だよ。神様はとっても神様だからね。つかおーとしなけりゃおーめに見てくれっさ」
今更だが、マリナの口にする『神様』には2種類あるようで、ひとつが普通の意味の神様。そしてもうひとつが『凄い』とか『素晴らしい』といった意味があるようだ。
そして魔法雑貨屋へ2人は来ていた。
魔法は魔術師などが使うものであるが、魔法雑貨は誰でも使える、つまり一般的な代物だ。それなりの需要があり、供給が心許ない状態である。
そのため魔法雑貨に使用できるものの買い取りを行っている。マリナがいつも持ち込む魔獣の牙や奥歯、骨や頭蓋、それに薬草の類は大歓迎してくれるのだ。
『いらっしゃー……おおーっ、マリナさんっ! 待ってたよぉ!』
『遅くなりまして申し訳ございません』
店員の女性は、マリナを見てとても嬉しそうに駆け寄ってきた。馴染みの店であり、マリナのお得意さんといったところか。
『本日は弟を連れて参りました。今後は彼が訪れることも多くなるでしょう』
『マリナさんの弟さん! ほうほうなるほど……』
店員は青海を舐めるように見定める。あまり女性にじっくり見られることのない青海はむず痒く感じる。
『似てはない? かなぁ。でも髪も黒いし、顔の感じも近いかな』
マリナはこちらの世界の人間といっても、両親が日本人なため、顔立ちは日本人だ。だから青海に近いといえば近い。
『よろしくお願いします』
『よろしくねっ。んでんで、その荷物が今日の分かな? ────おおっと多いね。さすが男の子、力あるねぇ』
実はマリナと青海ではマリナのほうが力も体力もまだ上だ。いつも少ないのはか弱い女性を演じるため必要なことであった。
『牙に奥歯、頭蓋……それに鎖骨と大腿骨。結構な数あるからちょっと数えるのに時間かかるよー』
青海は狩りを始めて数日後、頭を狙うのをやめさせられていた。今まで理由はわからなかったが、これで判明した。
牙と頭蓋は高く売れる。
牙が1本120テージ前後での取引だ。
数日経ったカチカチの丸パンが3テージ前後。焼き立てでも8テージ。食事なら食堂で50テージもあれば満腹になる。
魔獣1匹から4本取れ、上牙は140、下牙が100で合計480テージ。その他大腿骨や頭蓋もいい値で売れるから、それなりに懐が温かくなるだろう。
『んーじゃあこんな金額でどうかなっ』
店員が提示してきた金額に、青海は少し首を傾げた。
『その金額──』
『ええ、それでお願いします』
青海の脇腹を店員から見えないように突き、マリナは笑顔で答えた。
『おっけー。いやーいつもありがとうね。見ての通り品数が少なくなってきててさー』
見れば店内の棚には結構な隙間がある。それだけ売れているということなのだろう。
『こちらこそ、買い取って頂き助かります。それではまた』
笑顔で会釈し、立ち去るマリナにこちらも笑顔で大きく手を振り見送る店員。そのやりとりが終わるまで青海は黙っていた。
先ほど脇腹を突いたのは、黙っていろという合図だと誰でも察することができる。だが問題は何故黙らせたかだ。
店員が提示した金額は、計算と合わない。少しだが安かったのだ。
ようするにぼったくられているわけだが、それを指摘することがよろしくない。マリナはそう教えているようだった。
店から少し離れたところで、マリナが口を開く。
「日本人はみんなあったまいーからね、すぐ計算できたんしょ?」
「まあな」
「でー、金額が合わなかったと」
「82テージも少なかったぞ」
「いーんよ、それで」
マリナが言うには、少しでも相手に警戒されないよう、愛想よく言われたようにするのが町で楽に過ごすコツだと言う。
なにせ世間では邪神の使徒という立場だ。一般人に紛れるだけではだめで、彼らにはチョロいお得意様程度に思われているのが一番なのだ。ようするに叩かれた分の金額は口止め料みたいなものと認識すればいい。
商人もバカではないし、むしろ人を見ることに関しては相応に長けていると思ったほうがいい。事情も知れぬものから品を買うのだ。本来なら相手のことを多少は調べたりするものである。
しかしその結果、安く買い叩けるお得意さんを失うことになるかもしれないのも問題だ。どちらを選ぶかは、より利益になる方となるのが商人であるため、彼らも余計な詮索はしてこない。
マリナとしては売れてそれなりの金額が手に入ればいいのだから、余計な口を出さないで互いに利益があると思ったほうがいいのだ。
「とりあえずオーミの服をこっちのふつーの服にしよーか。あとたまにはふつーのごはんがいーな」
青海はこれからこの世界で生活するのに大切なことをマリナから吸収することにした。
同じ面倒くさがり屋だからこそ、習うべきことが多い。彼女は青海の良い見本となっている。
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