第5話 神の力にて

「どうしてくれんのさ、これー」


 マリナは青海に文句を垂れる。社の近くにある木が文字通り木っ端微塵だ。

 力の使い方が間違っている。


「す、すみません。まさかこれほど威力があるとは思わず……」

「あんね、これは『神宿かみやどり』で、その名の通り神様の力なんよ。神様の力なんだから威力が神様なのは当たり前でしょー」


 青海もそれはなんとなく思っていたことだ。そのため本気で殴ったわけではない。それなのにこれでは、もし本気で攻撃したらどれだけの威力を発してしまうのか恐ろしくなる。

 微かに手が震える。これは殴った際の衝撃による痺れではなく、自分が得た力に対しての恐怖だ。


 制約が多いにせよ、あまりにも簡単に力が手に入ってしまったのだ。マリナが何を考えているかはわからぬが、もしこれが世間に広まったら大変なことになる。

 日本の神なため日本語が必要になるけれども、最低でも今ここで生きている日本人でならば使えてしまうことになる。


「あの、マリナさん。これは……」

「わかってっけど、オーミも言っちゃだめだよー。『詞神いろはのかみ』のことをこの世界の人にはねー」

「それは邪教とされているからですよね。そうじゃなくって、日本人とかにも言わないほうがいいですよ」

「なんでさー? 日本人ってムシンロンジャがおーいんでしょー? だったらへーきなんじゃないの?」


 そういう問題ではない。マリナはこの危険性が全くわかっていなかったようだ。

 だから青海はこの神宿かみやどりがどれだけ危険かを説明した。


 それはもちろん悪用される可能性だ。

 神なんだから悪事に手を貸すことはないとは言い切れない。何故なら法による善悪というものは人が決めたものであり、人の善悪など神には関係ないからだ。


 青海の説得により、マリナは日本人相手でも安々と神の名や神宿のことを口にしないことを約束した。信者を増やすより重要なこともあるのだ。



「じゃああとできれば自分を守るための言葉を教えて頂けたら……」

「あんね、これは他人に教えられるんじゃなくてなるべく自分で考えないといけないんさ。そーじゃないと自分の言葉にできないからね」


 同音異句で綴るのは、言葉さえ知っていれば十人十色。これは確かに自らで決めたほうがいい。

 だけど今そんなことを言われたところで、考えるのにも時間がかかる。マリナは青海から錫杖を取り上げると、軽く振りかざした。


「じゃーもひとつ覚えといたほうがいーのだけ教えたげんよ。てやっ!」


 急に錫杖を青海に突き立てる。突然のことにかわしきれず、腕に深く刺さってしまう。


「ぐっあぁぁ!」

「おっと変なとこに刺さったーね。痛い?」

「い、一体何を……」


 痛みでひきつりつつも、マリナを睨む青海。しかしマリナはしれっとした顔で傷口に手をかざす。


「“”は“”となりて、其の傷害、元に戻らん」


 マリナの言葉と共に、青海の傷口はまるで何もなかったかのように元へと戻っていた。


「こ、これは……」

「便利でしょー。どっかなー」

「あっ……、ありがとうございます」


 一瞬で殺されてしまえば意味はないが、傷を治せる術はとても大事だ。攻撃は最大の防御を信じ、殺されなければ相打ちでも勝てるようにはなった。

 これは覚えるに値する。特に自分以外へも使えるのはとても有効だ。


「血は──」

「おおっとそこまでにしといてよ。神宿の空打ちは神様に対して失礼な行為だかんね」


 マリナの言葉に青海は慌てて口を噤む。神の力を試してやろうなんて不届きもいいところだ。

 先ほどの木を殴るのは同じ試しでも、実際に行っているから問題はない。だが今はどこにも血が流れていないのだ。


 詞神の神宿で変換できるルール。平仮名で一文字。そして変換できるものを認識できていなくてはならない。

 血は体内に流れている。だがそれを普段認識している人はいないに等しい。運動や興奮したときに激しく脈動していて気付く程度だ。


「気を付けてよねー。神様は神様なんだから、ちゃんと敬い崇めないとダメなんよ」

「肝に銘じておきます」

「んじゃ早速今日のごはんをとってこー」

「……行ってきます」


 正直なところ、まだまだ不安がある。むしろ不安だらけと言ってもいいくらいだ。

 だがいつかやらなければならないことではあるし、こうやって半ば突き放される形で行ったほうがふんぎりがつくこともある。


 とりあえず攻撃と回復、このふたつだけで魔獣を狩るため山を下りた。




 (あ、う、え、お……何があるだろうか)


 魔獣がいる山へ向かいがてら、青海は言葉を探していた。一文字の同音異句で、且つ益のあるものというのがなかなか難しいことに気付く。


 (か……火とか使えそうだけど、勝手のいい異句がないな……)


 今まで面倒だからと学校の勉強以外の勉強を怠っていたことを今更苦々しく思う。当時それでよかったからといって、未来もそうとは限らない。後悔先に立たずというやつだ。

 戻って他の日本人────山彩や樺來に聞くというのもできない。

 何故今更日本語を教えてもらうのか。それも勝手に出て行ったのに、ひょこひょこ現れての質問だ。どう見ても怪しいとしか言いようがない。

 結局自力でなんとかしなくてはいけない。結論はこれだ。



 そんなことを考えていたら、もう例の薬草があった山の麓までやってきていた。ここから先は余計なことを考えていると命を落としかねない。気を引き締めて登り始める。

 熊は音を鳴らすと出てこないらしいが、魔獣は人を襲い食らうので、音に反応してやって来る。

 だがこの山は滅多に人が来ない。だから魔獣は他の生物を食らい生きている。それでもやはり音には反応するだろうと、青海は錫杖を打ち鳴らしながら進む。



 山を登り始めて20分ほど経ったころ、木々の葉で空が覆われている場所に魔獣はいた。

 基本的に日が濃く当たる場所へ魔獣は出て来ない。そのため麓は安全であるが、登ってしまうと容易く遭遇できるものだ。

 今回のは初めて遭遇する魔獣だ。猿のような腕をしている猪みたいな姿の魔獣。青海は錫杖を構えつつ相手の様子を見る。


「“意”は“威”となりて、我が心、力と成らん!」


 叫び青海は接近するべく走る。まさか突っ込んでくると思った魔獣は一瞬戸惑うが、青海を迎え撃たんと走り出す。


 青海から見て登り、魔獣は下りだ。走った勢いは止められないし、軌道を変えることもできない。青海は恐怖や焦りなどの気持ちを極力抑え、錫杖を振りかぶる。

 見れば来るのがわかっている錫杖の軌道を、魔物は腕でブロックしようとする。だがこれはただの錫杖を振ったものではない。『神宿』の力だ。

 錫杖はガードしている腕を砕き、頭へ直撃。首から上を吹き飛ばした。


「やっべ!」


 即死した骸はその勢いを止められず、青海へ向けて突っ込んでくる。身動きができぬ青海に突撃し、諸共斜面の下へ転げ落ちた。

 体の柔軟性はあまりない青海は、このまま転がっていたら全身の筋を痛めてしまう。そこで大の字になり、少なくとも転がることだけは避けた。



「くっ……いててっ」


 止まってみたものの、全身の痛みはひかない。血が流れる傷ではないが、痛みにより脈動を感じられる。これならば回復できるはずだ。

 青海は体を地面から引き剥がすように置き、魔獣の骸を探す。




「おーおかえりおかえり。おっやーぼろぼろだね」

「すみません、油断しました」


「まー戻ってきたんだから無事だーね。じゃー皮はいでこー」


 動物の皮なんてどう剥げばいいのか青海にはわからなかった。それどころか死骸に触れるのだって厳しいくらいだ。

 だがそれをやらねば今夜の食事がない。青海は気持ち悪くなるのを堪えながらも、必死に包丁で皮を剥いでいった。


「そいやさオーミ」


 作業中、寝転がって足をパタパタさせているマリナに声をかけられる。邪魔だと思いつつも無下にできないため、手を止め振り返る。


「なんですか?」

「ちゃんとお供えもよーいしてよね。神様に感謝しないと」


 肉の中でも一番いい部位は神に捧げる。神によっては肉を好まない場合もあるらしいが、詞神は雑食なようだ。


 ちなみに青海の初成果である魔獣の肉は、マリナから不評であり、青海はこれで血抜きの重要性を知った。

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