第3話 魔獣の山にて

 青海たちがこの町へ来て3か月が経過した。

 それだけの間、毎日必死に勉強していればさすがにそれなりの会話ができるようになっている。

 青海は面倒臭がり屋だが、それは基本的に自分の利益とならないことに対しての場合であり、必要なことであればしっかりとやる。だから皆から遅れることなく勉強についてきていた。


 昼は主にサンプル通りの草などを拾ってくる野草採取だ。薬草だったり野草だったりと、山の近くまで行き採取してくる。

 山の中は魔獣と言われる危険な生物がいるため、基本入らないようにしている。


 休みは週に1日。この世界は地球の並行世界、言わばもう一つの地球のようなものであり、時間や月日の周期が全く同じである。

 だから青海たちは6日間働き1日休むといった生活になる。


 ちなみに今でも野草採取をやっているのは青海だけであり、他の面子は覚えた言葉を使い町中で店員などをやっている。

 山彩もそうだが、昔から日本人は真面目で勤勉という風に見られており、金勘定までも任せてもらえる。これは今まで蓄積された信頼だ。

 そして青海が未だ野草採取をやっているのは、一人で気楽だからだ。他人とのトラブルの可能性を考えたら、黙々と作業しているほうが精神的負担が少ない。もちろん山彩には文句を言われているがそれは仕方がない。

 他にも理由がある。

 元々クラスでもそんなに馴染んでいなかった青海は、ずっとクラスメイトと一緒にいることが精神的な重荷となっていた。



 ある日、山彩は青海に野草の採取を頼んだ。その野草はこの近くの山には生えておらず、少し離れた山の麓にあるという。

 そこまで片道4時間。夕食と勉強を考えたら17時には帰りたい。採取時間を2時間と設定した場合、移動と労働で10時間。休憩に2時間は欲しい。すると朝5時には出なくてはならない。


 山彩が頼んだのは少々高価な薬草で、短時間でも集められればそれなりの金額で取引される。乱獲されることを恐れ、そこまでの道はないため馬車なども使えない、徒歩のみで採取することを許されている品物だ。

 これで諦めてくれてもよし、採取してきても今までよりも収入が上がるからよしと、どちらへ転んでも山彩に得はあっても損がない。


 青海は野草採取へ行くことにする。8時間歩くというのは大変だが、人の多いところで精神を削りつつ仕事するよりはマシだと判断したためだ。

 それにいざというとき1人で生きられるよう、周辺の確認もしておきたかったのも理由のひとつである。



 青海は地図とコンパスを頼りに、林の中を進み川を渡る。橋もないためこれは馬車どころか台車も無理だと実感する。

 川のほとりの木陰で一休みしつつ、地図を眺める。するとこれから行こうとする山の近くに、怪しげな文字を見つけた。


 邪神山。こちらの言葉で薄くそう書かれていた。

 そういえば地理の授業のとき、この辺りに邪神の教徒がいるから近寄らないようにと言われていた場所があったのを思い出す。丸で囲ってある場所がその教徒のテリトリーということなのだろう。


 近付いて面倒なことになるのは嫌だなと思った青海は、当然そこから離れた場所で採取しようと考えた。




 予定よりも少し早めに着いた青海は、さっさと取って休んで帰ろうと思い、サンプルと同じ草を探し始める。


 少し山に入ったところにその薬草はあった。そして更に少し奥へ行くと、群生地があるのに気付く。予定数よりも多めに持って帰ればそれだけ収入が増えるから、それだけ楽ができる。青海はそう思い、草を取りに行った。



 これだけあれば充分だろう。そう思い戻ろうとしたとき、青海は自分が思っていたよりも奥へ来ていたことに気付く。魔獣が出てはまずい。急いで元の道を引き返そうとしたとき、そいつは現れた、


 まるで熊のような印象の、けむくじゃらの化物。

 青海は戦って勝てる相手ではないと判断し、とにかく逃げることにする。

 だが相手はこの山を生態圏としている生き物だ。その速さは人間の比ではない。あっという間に追いつかれてしまう。

 欲をかくとろくなことがない。青海は己の浅はかさを後悔した。



「“”は“”となりて、我が心、力とならん!」


 突然の声、そして魔獣と青海の間に入る影がひとつ。

 人だ。しかも女性。長く艶やかな黒髪に、白い着物に赤い袴。巫女装束のようなものを纏っている。

 手に持つのは錫杖。それを魔物の横っ面に叩き込んだ。


 およそ人の力とは思えぬその威力は、魔物の頭が砕け消し飛ぶほどのものだった。


 助かったのか、新たな敵が現れたのか。青海はよろけ、木にもたれかかる。巫女装束の女性は、残された体が崩れ落ちるのを見届け、錫杖をガシャンと打ち鳴らすと、片手で拝み始める。

 逃げるべきか、ひとまず礼を述べるべきか。躊躇した青海に対し、女性は振り返った。


「危のーございましたわね、日本の少年」

「あっ、は、はあ」


 女性は笑顔で青海を見ていた。

 とにかく敵対の意思は見られない。そしてどう見ても日本人のその姿。これは確実に助かったと思っていいとし、青海は安堵した。


「助かりました。ありがとうございます」

「山は魔獣の住処となっております故、お気を付けくださいね」

「すみません、ついうっかりしていて……」


「あと、私と出会ったことはナイミツに。では」

「あっ、あの!」


 女性は笑顔のまま会釈し、立ち去ろうとする。青海はそれを見送らず、引き留めようとしてしまう。


「どうかいたしましたか?」

「さっきのは……、その、魔法ですか?」


 錫杖の一振りであれほどの破壊力を出せるとは到底思えない。特に女性の細腕では尚更だ。ならばその攻撃の前に唱えていた言葉、それに意味があるということになる。


「まほー、ですか」

「違うのですか?」


「あー、先ほどのは神宿かみやどりです」

「神宿……神の力というわけですか」


 巫女装束を着ているのだから神に仕えていることはわかる。そして彼女は神の力を宿すことができるというのだ。


「ええ。私の仕える『詞神いろはのかみ』の御力です」


 聞いたこともない神だが、彼女の姿、そして神の名からして日本の神なのだと推測できる。

 ここは元の地球とは異なる────言わば異世界のはずなのに、日本の神が力を貸し与えてくれるものなのだろうか。それ以前に人へ力を貸し与える神とはなんなのか。


 この世界で生きて行くのには力が必要だ。それは先ほど実感した。だが武器を振るう術を青海は知らない。

 ひょっとしたら魔法が存在するかもしれない。ならば魔法を習うのもいい。


 それでも青海は、先ほど彼女が紡いだ日本の言葉に魅入らされていた。


「あの、俺を弟子にして下さい!」


 青海は選択した。生きる術として、神宿を使えるようになることを。

 新たに知識や経験を得るというのは面倒なことでなく、必要なことだ。今後のことを考えれば不要なものではないはずである。

 それにこれを機に、クラスメイトから独立できるかもしれない。ならばと思い切って巫女に伝えた。


「それは、無理な話です」

「何故ですか?」


「私は神に仕える巫女です。巫女の弟子というものは存在しませんよ」

「うっ、そ……それなら、俺は仕えます。『詞神』に」


 頭を深く下げ、青海はすがる。そんな青海を見て、巫女の女性は『はあぁ~』とだらしないため息をつく。


「いや、もうぶっちゃけめんどいから教えたくないんだけど」

「えっ」


 青海は一瞬たじろぐ。先ほどまでの凛とした態度が一転、普通の──というよりも杜撰ずさんな雰囲気を出していたからだ。


「人に何か教えたりさ、疲れんじゃん。そーゆーのうちじゃやってないんだよね」

「で、でもさっき助けてくれたし……」


 人助けなんて面倒なことだ。後々にそれが役立つこともあるかもしれないが、それはあくまでも可能性のひとつでしかない。

 逆に助けたことで悲劇を生む可能性だってある。どちらがいいなんてそのときにはわからない。


「だって自分の縄張りで日本人死んでたらやじゃん。日本人食った動物食べたくないよ。それだけ」

「それはわからんでもないが……」

「もう帰っていい? 話すのもあごだるいんだけど」


 会話すら面倒と思った巫女の女性は、早々に打ち切り帰ろうとする。が、進む歩みを止め急に振り向いた。


「じゃあキミさ、教えてあげんから私を養ってよ!」

「えっ!?」


 青海は自分以上の面倒くさがりの前に、先ほど言った自らの言葉は先走り過ぎではなかったかと思いはじめた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る