第2話 山間の町にて
「ちょっとー、まだ歩かせる気ー?」
30分ほど歩いたところ、押田がぼやきはじめた。樺來の取り巻き女子2人と青海は、だったらついて来なけりゃいいのにと心の中で呟く。
誰も強制はしていない。樺來の独断での行動であり、これでもしついて行かなくても咎められないはずだ。
「拉致とか誘拐だったりしてね」
「わざわざ日本の山奥でやる意味がないよ」
「それもそっか」
美深のワクワクを青海が現実で切り捨てる。美深は少しつまらなさそうな顔で鎧の男たちを見た。
「じゃあさ、ここが実は中世ヨーロッパで、私たちタイムスリップしたとかは?」
「それこそ有り得ないだろ。それにさっき日本語使っていたじゃないか」
「うーん、天原君も夢がないなぁ」
不満そうに口を尖らす美深に、青海は一瞬顔を渋らせる。
「ん? どしたの?」
「ああいや、長芽とこうして話したことなかったなって」
人は話し合うことで互いをそれなりに理解できる。青海は美深を初めて認識した。それはもちろん面倒な人物だとして。
「そうだね。だけどこうやって手を繋いでる同士、楽しくいこうよ」
言われて気付き、慌てて手を離す。先ほどからずっと繋いだままだったのだ。
だが青海が離しても美深は握ったままだった。これはさすがに振りほどくわけにはいかない。
「ちょっと、離して私がはぐれたらどうすんの」
「わ、悪い」
相手が美少女だとしても、面倒なのは勘弁してもらいたい青海としてはあまり近寄りたくない人物だ。それでももし本当にはぐれてしまったら。そう思うと手が離せないでいた。
歩き始めて1時間ほど経つと、すっかりと霧が晴れ、周囲が見えるようになっていた。
「やっと霧が晴れたね……」
言いかけて、樺來が絶句する。青海たちもその目の前の光景に唖然とするばかりだ。
山を下ったところ、山間の小さな町が見えるのだが、周囲を壁に囲まれている。まるで何かから守っているかのようだ。
そんな町は日本に存在しない。もしあったとしたらネットでも話題になっているはずだ。
そして青海は自分の手が強く握り締められることで我に返る。握っているのはもちろん美深だ。
「凄い……。神隠しは本当にあったんだ」
彼女は高揚し頬を赤らめ、絞り出すような声で喜びを現していた。
これからあの町へ行く。それは美深以外に大きな躊躇いを持たせるのに充分であった。
今ある感情のほとんどが不安、そして恐怖。背筋がひりつくような感覚がする。
だがそんな彼らをよそに、鎧の男たちは先へ進む。引き返しても戻れないかもしれない。そう考えたらついていくしかなかった。
「コッコ、デ、マテテ」
町の入口、門のある場所の横で青海たちは待たされ、鎧の男たちは中へ入っていった。
どれだけ待たされ、何をされるのか。皆に不安が過る。
「なんだろう、まるで西洋の城壁みたいだね」
「凄いよ! ドキドキだね!」
「ちっ、ファンキーな場所だぜ」
気分を紛らわすように、皆が口々に感想らしきものを言う。黙っていると余計不安になるからだ。
「やあやあ、お待たせ」
突然かけられた声に驚き、皆顔を向ける。女性の声、しかも流暢な日本語だ。
見るとまるでコスプレをしているかのような、中世の町娘風の格好をした、恐らくは20歳過ぎの見るからに日本人としか見えない女性がいた。
「あ、あの、あなたは?」
「私は
あえて日本人だと言うと、まるでここが日本ではないかのように感じられる。
いや、本当に日本ではないのだろう。こんな場所、誰も知らない。
「えっと、僕は樺來。それとクラスメイトたちです」
「よろしくよろしく。んじゃんじゃ行こうか。聞きたいこといっぱいあるでしょ」
そう言って山彩は町の中へ入っていく。それを青海たちは慌てて追った。
辿り着いたのは、一軒の家だった。民家と屋敷の中間くらいの、少し豪華な家といった感じだ。
山彩はその中へ入っていき、青海たちもそれに続く。
入ってすぐ、左の部屋は応接間になっており、ちょっとした家具に長いソファがある。
座りなよと一言告げ、山彩は1人掛けに座ると青海たちもその対面にある長いソファへと腰かけた。
「えっと──」
「おっとおっと、聞きたいことは大体わかるから、まず私から話させてもらうよ」
樺來の言葉を山彩が遮り、言葉を続けていく。皆はその話を食い入るように聞いていた。
ここは地球であって地球でない場所。隔離された並行的に存在する世界。そのため本来の世界とは違う独特の文化が育っている。
そしてたまに元の世界と繋がり、迷い込んでくる人々がいる。それが神隠しの正体とのことだ。
山彩が知っているだけで日本人は20人ほど。彼女がここに来るまでもこういったことがあるため、今現在生きている日本人は100人以上いるだろうと推測される。
「つまりここは異世界ということですか?」
「概ねそんな認識でいいと思うよ」
日本どころか同じ世界ではない。その答えに青海たちは驚きを隠せずにいる。ひょっとして
「で、ではどうやれば帰れるのですかっ」
樺來がつい声を荒げ立ち上がる。それに対し山彩は小さく溜息をつく。
「それがわかってたら私もこんなとこにいないよ。もう4年もこんなところにいるんだし、いい加減帰りたいんだけどね」
「そんな……」
立ち上がった勢いとは裏腹に、へなへなとソファへ戻る樺來。これで帰れないことがわかった。
「ふざけんな! とっとと帰せ!」
ソファに座らず、壁によりかかっていた踏田が怒鳴り散らす。それに山彩は顔をしかめる。
「あのね、私も気付いたらここにいただけで別に君たちを呼び込んだわけじゃないんだよ。帰りたい? 勝手に帰ればいいじゃん。ただし方法は知らないけどね」
「……ちっ」
踏田は忌々しそうな表情で顔を背ける。その態度に山彩は大きく溜息をつく。
「きみさ、日本でどんな人物だったかしんないけどさ、私がここでこうやってるのはただの親切心なの。そんな生意気な態度するんだったら出て行ってくんない? 勝手にすればいいよ」
「んだてめえ。ああ出てってやんよこんなファンキーなとこよぉ!」
踏田は棚を蹴りつけ、部屋から出て行った。そして溜息をついて押田が追いかける。
「やれやれだね。さ、話を続けようか」
「ま、待って下さい」
会話を再開させようとする山彩を樺來が止める。
今彼女を信頼するしかない。だがそれに対しての保障のようなものが欲しかった。少しでも信用する価値を見出すために。
ただの親切心でわざわざ教えてくれるというのはありがたいことだが、山彩にメリットがない。こんなよくわからない世界へ入り込んでいたら、日々を生きるのに必死でそのような余裕がないはずだ。
「なるほどねぇ。ほんとは後で言うことなんだけど、そういうことなら先に言っておくかな」
山彩はソファから立ち上がり、ツカツカと歩き、壁にかかった板にチョークで何かを書き始めた。
カリカリと書き、チョークを置き手をはたくころには黒板に『山彩先生のスティーグ語講座』と書かれていた。
「私の本業はレストランのコックなんだけど副業はここ、スティーゲス大陸の公用語を日本人向けに教えている語学教師なのだ」
そこで一同は納得した。
彼女はここへ来た日本人に対し、ここは異世界で日本に帰れないんだよと脅し、もし帰れるにしてもそれまでの生活も大変だよと言い、そのために最も重要な言葉を教えることで生活の糧としているのだ。
つまりは親切心と言いつつも、ちゃんと稼ぎに繋げているというわけだ。
「そういうことならば、僕はあなたを信用します」
彼女は対価のために皆へ説明しているのだから信用できる。身寄りのない場所で最も重要なのは食事、次いで寝床だ。
それを得るには金が必要であり、稼ぐためには言葉がわからなくてはいけない。それは彼女も同様ということだ。
どこへ行っても稼ぐことが最も重要になる。だから金稼ぎのためにこうやって色々教えている山彩は信用できると言える。
「とりあえず信用してもらえてよかったよ。んじゃ改めてどうする? 私の生徒になるなら食事と寝床は用意してあげるよ。もちろん有料だけどね」
「あの、それはありがたいのですが、僕らは無一文なので……」
「わかってるって。とりあえず数日はサービスで簡単な言葉を教えて食事も出すよ。その後は私の知り合いのところで働いてもらうから。そこは別に言葉がわからなくてもなんとかなるところだから」
必要最低限の言葉を覚えてから昼は仕事、夜は勉強と定時制の夜学生みたいな生活をすることになる。
そこで得られる給料の4分の3が山彩の取り分。食住と勉強まで面倒を見てくれるのだからそれくらい取られても仕方がないだろう。
自立したかったら早く言葉を覚えればいい。大目に取るのはそういった意図もあるらしい。
「わかりました。僕はそれでお願いします。みんなはどうする?」
皆それに賛同する。勝手に動き回るにしても言葉と金だけは最低限必要だ。あとはもう山か無人島で原始人のような暮らしをするしかない。
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