第4話

私は次の日から大学に通い、図書館で〈越智道夫〉と出くわすチャンスを心がけた。

しかし、彼に会う事はなかった。

私は常に鞄の中に300万の入った茶封筒を持ち歩いたが、後期の授業が始まり大量に履修登録した授業が始まると、私は鞄の中の300万に慣れ始めていた。

だが、そんな私に目を覚まさせるニュースが飛び込んで来た。

大学の川向いの名家で人が首を吊って死んだのだと言う。食堂で、いつものように一番安い冷やしうどんを食べていた私は、偶然、近くの席に座った学生の会話を耳にした。

豪邸に住む〈天城〉という人物が自殺を図り、その屋敷はいまや暇を弄ぶ学生達の心霊スポットとなっているらしかった。私は偶然〈天城〉という名前なのかと思ったが、流石にそれにしたって気持ちがよいものではなかったので、彼らにそれは何処かと訪ねたところ、やはり、私の知る〈天城〉であった。

私は、生まれて初めて自主休講を敢行し〈天城〉の屋敷へと向った。


私は屋敷にたどり着くと、いささか安堵した。古諺堂のように姿が消えてしまっているのではないかという不安があったのだが、〈天城〉の屋敷は私が訪れた時と寸分変わらずそこに会った。

私が屋敷の前でうろうろしていると、向いの屋敷の女性が顔を出した。彼女は迷惑そうに、私を見た後、私のような無作法な好奇心はみっともないものだ、と諌めた。全くその通りである。

彼女は、隣人が自殺した御陰でどれだけ迷惑を被っているか、家とはその土地に生えた木のようなもので、おいそれと、移動はできないのだ、大変迷惑している、という類いの事をしつこく私に言って聞かせた。

私は〈天城〉の屋敷に入る事は叶わず下宿に帰った。下宿に帰ると私は一階にある共同の冷蔵庫から冷えきったペットボトルの水を取り出し、談話室で医学部の学生がテレビを見ながらパソコンを打っているのを見つけた。

私は、テレビとパソコン二つの画面を同時に見る事ができるのだろうかと疑問に思いながら、テレビを見るとあの備前焼が映っているのである。テレビでは、盗品が戻って来たという話をしている。

……盗品?

単なる類似品かと思っていたが同じく無事に戻って来た〈青磁の小茶碗〉なるものを見て私は手に持っていた水を落とした。その椀の底には二匹の蛙が折り重なった絵が描かれてあった。私は絶対に300万を越智に返さなくてはならないと思い、電子工学研究室の扉を叩く事にした。



私にはまったく用のないその建物は、ずしんと陰気な雰囲気を纏っている。中で人体実験をしていると言われても疑いを持てない工学楝がそこにあった。まさに、あの男、越智道夫の雰囲気そのものであった。

私は、異常に仄暗いその建物の階段を昇り、電子工学研究室を探した。否、探そうとした。そうする前に、私は、声をかけられたのである。

「久しぶりだね。君島君」

そこには相変わらず表情の見えない越智が立っていた。

私はいきなり背後を取られ、血が粟立つほどの恐怖を覚えた。すると、越智はにやりと白い歯を見せた。

〈悪魔〉

私の頭に二文字の漢字が浮かんだ。

「勘違いという選択肢もあるよ。選ぶのは君だ」

越智はまた意味の分からない言葉で、未来の私に話しかけた。私は、震える手で、300万の茶封筒を越智に突きつけた。しかし、越智は白衣のポケットから手を一つも出さない。

「それは君のものだ。もし、私にその300万を返したいのなら、私の手伝いをしてもらう事になるよ」

越智は、言った。

私の頭の中に急に意識の底に埋めていた記憶がフラッシュバックした。私が最期の配達を終え天城の家を出るとき、一瞬、白衣姿の人物を見ている。あれは、間違いなく、越智だった。

「越智さん。あなた、天城さんを?」すると越智は薄ら笑った。

「だから、勘違いという選択肢もあると言っているだろう。これ以上、僕に関わり合いたくないのならね」

私が、越智に軽蔑と恐怖の入り混じった表情を向けると越智はそんな私を嗤った。

「罠になどかかる方が悪いのだよ。それに殺すつもりはなかったんだよ?天城さんが死んだのは君のせいだ」

越智は当然のように言った。

「何故、私が!…っ!」

私は怒りにまかせ、越智を攻めようとして、言葉を飲んだ。

越智が私の頬を慈しむようにそっと撫でたのである。

そして彼はなんとも柔らかな声でこう言った。

「天城さんは僕より先に君を抱いたからね。僕は君の事が大変気に入ってしまっているから、僕だけではなく彼も魅了した君が、天城さん殺しの真犯人だよ」

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冷凍みかんと新聞紙 nagai misturu @nagaimisturu

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