第3話

30センチほどの高さのツボでも入っているのだろうか。

中を覗いてみたかったが、商品なのでやめた。

天城の家に辿り着くと、私は気まずい空気が流れては厭だったので、何もなかったように振舞ったし、それを天城にも強要する雰囲気を出した。天城は私のそのような雰囲気に押されて、一瞬だけ気まずい顔をしたが、あとは普通だった。


きれいに手入れされた庭に蝉時雨が響く。

私は、その音に誘われるように庭を眺めていると、ひぃ、と箱の中身を確認していた天城が悲鳴を上げて、大きな漆の黒い箱を私の方へと押しやった。

切断    


 人



    首




    マ

    ク

        ビ


私は、そう把握した。

ちらりと見やった箱の中にはマネキンのようなものが入っていた。マネキンというのは私の希望的要素が多分に含まれている故の表現で、実際は、生々しくも人間のまさにそれだった。天城は慌てて、箱に覆いかぶさった。

「君島くん。君、コレを見たのかね?」

私は頭を横に振った。

『見えたか?』と聞かれたのであれば、正直に首を縦に振っただろうが。

天城は、私が箱の中身を知らないと判断すると一瞬安堵の表情を浮かべ、何度か確かめるような視線を送った。

私は越智に渡された封筒を畳の上を滑らせ、天城に渡した。天城はその封筒の中を確認すると筆を走らせ、背後にある桐の棚から茶封筒を私へと渡した。

天城は食事でもどうかと言ったが、私は今回は真っ直ぐ古諺堂へ戻ることにした。


古諺堂に戻ると、天城の屋敷へ向かう前と全く同じ姿勢で、越智は番台に座って、本を読んでいた。私はその姿を見て、なぜかほっとした。

「戻りました」

声をかけると、越智は私を一瞥もせず、

「君はよけな事は嫌いなくせに好奇心は無駄に大勢だ」

まるで朗読するかのように、感情を含まず言った。

私がその意味を噛み砕こうとしていると、越智は本から目を離し、

「日常がつまらなくなったら私の所へ来ると良い。全てそれで事足りる」

そう言い、立ち上がると、奥から広辞苑第4版を持って来た。

「ごくろうさま」

越智は先ほど天城からの封筒をそのまま私に渡し、それに覆いかぶせるように、広辞苑第4版をのせた。

「明日からは来なくていい」越智は言った。

どうやら、アルバイトは今日で終わりだと言いたいらしい。

私は、それを受け取り、頭を下げた。


帰り道、広辞苑と一緒に渡された封筒の中身を何気なく覗き、私が慌てて店に舞い戻った時には、古諺堂なるものは既に存在しなかった。

場所を間違えるはずもない。数分前にいた場所に戻れぬほど、私の脳みそは莫迦ではない。だが、間違いなく古諺堂はなくなっていた。看板もなければ、あの、沢山の骨董もない。古諺堂の前で棒立ちになっていると、普通の屋敷と化したそこからは老婦人が出て来て、訝し気に私を見た。

「あの……ここは古諺堂ではありませんか」

すると、老婦人は困った顔をした。

「あいにく、50年近くここは私の家ですが?」

私はそんなはずはないと困る老婦人を押し切り、屋敷の中に上がり込んだが、何処をどう見ても、古諺堂の面影を残すものなど一つもなかった。

私は血の気が引いき、足下がおぼつかなくなる。

まるで狐にでも摘まれた気分だった。



越智が渡した茶封筒には300万が入っていた。


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