第2話



「びゃっこ様、かっこよかったー」


「あのまま連れ去られてもよかったよね!」


「でもきっと連れてってくれないんだよ」


「そうそう、あの越えられない一線がキュンッとするんだよねー」


通り過ぎる女の子たちの言葉に顔がニヤけていく。自分の考えたシナリオが伝わっているようで、ぐっと小さくガッツポーズをした。横を見ると女の子たちの言葉に照れているのか、祐くんもうつむきがちに視線を泳がせている。お姉様方、白狐様の中の人はこの人ですよーと自分だけの秘密を心の中で言葉にする。


白狐様はみんなの神様だけど、今私の隣を歩いている祐くんは…この時間だけは二人だけのものだと思いたい。


空を見上げると少しずつ変わり始めた色彩が、二人並んで帰るこの時の終わりを告げていた。



長蛇の列を作っていた全ての女性が「白狐様との逢瀬」を終える頃には、中の人・祐くんは立ち上がれないほど疲れ切っていた。最後の2・3人はほぼ気合いだけで乗り切ったと話す言葉にウソはなく、実際着替えの途中で何度も倒れそうになり私が支える度に「すみません」と何度も謝っていた。その様子を見かねた仲間に「2人は先にあがってくれ」と会場から追い出されてしまった。有志で集まる運営スタッフは極端に少なく中の人も貴重な男手であり、撤収作業には絶対参加なのだが、今日だけは祐くんの体調を優先し仲間の優しさに甘えることにした。



「君、神様にならない?」



今考えたら…とてつもなく怪しすぎる言葉でスカウトしたものだ、と自分の行動に頭が痛くなるが、白狐様の中の人は期待以上だった。衣装に合う背丈で男性なら誰でも良かったのだが、身のこなしや間の取り方が美しく、俳優志望か劇団員?と疑うほど始めから祐くんは完璧だった。


「美沙さんは、どうでした?今日のイベント」


唐突に話しかけられ、スカウト当時を振り返っていた思考が現実へと引き戻される。


「え、よかったと思うよ。祐くんもセリフとタイミングが合ってて、ばっちりだったし」


手で作るOKサインを顔の横に掲げ、にっこり祐くんへと微笑む。ほっとしたように祐くんも笑ってくれた。


「何回も練習したもんねー」


セットの中で祐くんが合図の音を出すと、裏にスタンバイしている音響メンバーが音を流す。後はセリフのタイミングで動作を重ねるだけ。

練習では合っていたのに、本番当日の今日、騒がしい会場で衣装を身につけた状態だと祐くんにセリフの声が届きにくい事が解り、そのタイミングを合わせるのに会場入りしてからが大変だったのだ。



「いやー、でもあれはちょっとヤバかったなー」


練習台として選ばれたのは私。運営スタッフに女が私一人だけだから仕方がないのだけど…


「白狐様にあんなに何回も口説かれたら…」


近づく距離。でも決して彼からは触れてこない、越えない一線。

手を伸ばして、その衣を掴んでも許されるのだろうか。彼に触れた途端この幻想が消えてしまいそうで、それは決して叶わない恋心のよう。


「身が持たないよ」


白狐様の衣装を身にまとった、祐くんとの練習を思い出し頬に熱が集まる感覚がした。じんわりと熱くなった自分の頬を誤魔化すように私は、えへへ、と自嘲気味に笑った。


ぐいっ、腕がつかまれる感覚に立ち止まり後ろを振り返ると、祐くんが真っ直ぐ私を見つめていた。


「俺が、善意だけで白狐様を演じてると思います?」


少し苛立ちを含んだ声に、祐くん以外の周りの音が何も聞こえなくなった。

つかまれた腕がひっぱられ歩道脇にある民家のブロック塀へと追いやられる。顔をそむけることも許さないというように、祐くんの両腕が私の顔の近くで曲がり肘がブロック塀へとつけられる。少しの動作で私のおでこが祐くんに触れてしまいそうで、呼吸をするのもためらわれる。


「白狐様を演じる理由は…美沙さんへの下心ですよ」


声に熱がこもり、すぐ近くから聞こえる囁く音は、スピーカーから聞こえたセリフより、もっとずっと私をトロトロにしていく。


「だからいくら中の人が俺でも、違う男を想ってそんな顔されると複雑です」


祐くんの左腕が動き、顔にかかる私の髪をさらさらとすきながら私の耳へと髪をかけていく。ゆったりと距離が縮まり、


「白狐様じゃなくて、中身の俺を見てくれませんか」


耳元で囁かれた。


もう自分の体温で倒れそうなほど、顔が体が熱い。


「私は中身が祐くんだから、だから余計にドキドキしてるんだよ」


あわあわと言葉を告げる私を驚いたように祐くんが見ている。


「今日のだって、ぜんぶ祐くんに何回も口説かれてるみたいで、」


「ええっーと、ちょっ、ちょっと待ってください」


私の言葉を祐くんが慌てて遮る。大きな手のひらを自分の口元にあてて、あらぬ方向を見ている。


「このまま…美沙さんをさらって行ってもいいですか」


口元から手を外し、祐くんが私の手を握った。


「あ、いやいいです、答えなくて」


そのまま私をひっぱるように歩き出す。


「今日は帰しません」


白狐様の素顔は、一途な男の子のようです。






【終】

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神様の素顔 篠宮 ゆたか @mikuromikuro

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