神様の素顔

篠宮 ゆたか

第1話


50人以上も並ぶ長蛇の列から一人ずつチケットを受け取っていく。


「確認させて頂きます。はいOKです」


このイベントのために作られた小さなチケットには「白狐びゃっこ様との逢瀬」と艶やかに色っぽく印刷されている。その券の裏側に済と業務的にハンコを押し順番待ちのために並んでくれている女性へと再び返した。


「こちらへどうぞ」


列の行く手を阻むように設置されたロープのパーテーションを外し、今チケット確認した女性を一人だけ中へと誘導する。メイン会場の進行を確認しながら、私は腕時計の時間ばかりを気にしていた。


もうそろそろ休憩挟まないと祐くん、倒れちゃうよ。


音響さんからの合図を確認し、


「さぁどうぞ、白狐様があなたをお待ちです」


また一人、白狐様のもとへと女性を送り出した。



私が列の管理と誘導をしているこの場所も含めて、今日は町おこしのために色んなイベントが開催されている。郷土料理として有名な鍋が振る舞われたり、この地域で活動している歌手のステージがあったりと盛りだくさんだ。その中でひときわ人気を集めているブースがここ。そう「白狐様との逢瀬」なのです。


白狐様とは狐の面をかぶり、平安時代の貴族のような美しい装束に白いふさふさのフェザー・ストールを幾重にも合わせた、イケメンご当地キャラ。ピンッと、とんがった耳とふわふわのフェザーで身長はかさ増しされ2mを超えるのだが、動作の度にゆらゆらと揺れるしっぽがギャップで可愛いと瞬く間に女性たちの間で人気が広まった。


町にも市にも認められていない有志の集まりで運営している非公式・ご当地キャラ「白狐様」は人間の悩みを聞き、答えに導いてくれる狐の神様。


そんな神様が人間の女性に恋をした。今回のイベント・テーマは流行りの「壁ドン」イベント前告知がよかったのか、今も途切れない女性だらけの長蛇の列が白狐様の女性人気の高さをうかがわせる。そして今回はなんと、このイベントのために有名な声優さんにセリフの吹き替えを依頼するという徹底ぶり。声をあてるなら絶対にこの方でお願いします!とメインスタッフである自分の特権をフル活用した。


メイン会場は神社の境内が描かれたパーテーションで区切られ、ちょっとした迷路になっている。不安を煽るような音楽が小さく微かに聞こえるなか、白狐様を探しながら道を進んでいく。角を曲がると少しだけ開けた場所へとたどり着く。赤い鳥居が描かれたパーテーションを背に腕を組んでいた白狐様が、こちらへと気づき、もっと近くへ来いと手招きしている。


「我と共に、こちら側へ来る覚悟はあるか」


足元に設置された3台のスピーカーから、響くように愛おしむように戸惑いがちの声が流れてくる。


「くくくっ、かわいい反応だ」


少しずつ白狐様が距離を縮めてくる。


「お前をさらって行きたくなる」


ため息交じりに囁かれた言葉を合図にドンっ、とパーテーションへと白狐様が手をつき、狭い空間に追いつめられる。


「また、会えるか」


見上げた先には狐の面。唇へと触れそうで触れない白狐様の指先。


「その時を楽しみに、今この時は解放してやろう」


すっ、と消失する圧迫感と流れる空気が別れの時を告げている。


「待ってっ!」


女性の引き留める言葉に一瞬だけ歩みをとめ、白狐様は白い布で覆い隠された場所へと消えて行った。それを合図に今度は反対側のパーテーションが開き、参加者を出口へと誘導する。参加者が完全に退室すると次のお客さんを入れて、と専用の音楽が鳴る仕掛けだ。


「美沙さん、代わります。祐くんの方に行ってあげて下さい」


同じ運営仲間のありがたい言葉に、私は列の管理と誘導を任せ駆け足で祐くんの元へと向かった。中が見えないように布やパーテーションで囲われた小さな空間へと入ると、白狐様がパイプ椅子にだらりと座り肩でハアハアと荒い息を繰り返している。


「大丈夫!?祐くんっ」


慌ててかけよると白狐様がむくり、とこちらへ顔を向けた。


「何?何か欲しいものある?」


人間の肌が見えないよう、白狐様には中の人がいる。と現実を感じさせないよう首回りの装備は完璧でかなり密着しないと中の人の声は聞き取れない。しかも相手は声を出させるもの申し訳ないほど疲れ切っている。


「とりあえず、体冷やそう」


電池で動く小型の扇風機で衣装の中やストールの中へと空気を送る。ゆるキャラのような着ぐるみほどではないが、つやつやと光沢がある衣装の布はほとんど空気を通さず、これを何十にも重ねてストールまでつけて動き回る中の人は冬でも熱中症で救急搬送される人が出るほど過酷な労働だ。私は持ってきていた大き目な魔法瓶のふたを開け、中から冷たい保冷剤をゴロゴロと取り出した。それをハンカチで包みながら白狐様のストールの継ぎ目を探していく。


「祐くんいい?首当てるよ」


ズボッと白狐様の衣装の中へと手を突っ込み、保冷剤をいつもの位置へと送り届ける。首元へと届いた冷たい塊を衣装の上から白狐様の中の人である祐くんが押さえてくれる。私はそれを確認すると彼の衣装の中から手を引き抜き今度は飲み物を用意する。ペットボトルへと細いタイプのストローを差し白狐様のお面の下へと覗き込む。


「水分取れる?少しだけでもいいから」


こく、とうなずく動作を確認すると少しずつ、お面や衣装が外れない程度にそれぞれをずらしていく。やっと祐くんの肌や口元が確認できるぐらいの隙間ができると、

すーっと、ここぞとばかりに祐くんが大きく新鮮な空気を吸った。


「美沙さん、すみません。迷惑かけて」


弱弱しい祐くんの声に申し訳ない気持ちが溢れそうになる。


「迷惑なんかじゃないよ、それに巻き込んだのはこっちだし…こんなに盛況になるなんて白狐様はすごいね」


ストローを祐くんの口へと送り届けるとペットボトルを持ちながら空いてる方の手でまた小型の扇風機を回した。

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