第4話繰り返される日常
PiPiPi…と、電子アラームがけたたましい叫び声をあげる。鬱陶しいほどのその騒音に顔をしかめながら俺はいつものように寝起きの怒りをぶつけるように時計を叩いてアラームを止めた。
「ふわぁ…」
窓から漏れる朝日に目を細め、あくびを一つして体を起こす。が、その途中手に何か違和感を感じてそれを見た。
「ん?なんだこれ?」
手に何か持っている。それは青いしずく型のストラップだった。見覚えのないそれに俺は首をかしげる。
「あれ?俺、こんなの持ってたっけ?誰かにもらった?誰に、いつ?いや、もらったならどこかに付けるか引き出しにしまうかしてるだろうし…寝ぼけてるのか…?そういやなんかすっげぇ長い夢見てた気がするし…」
まだ意識がぼやけて自分が起きているか寝ているかわからない。俺はぱしん、と自身の頬を叩き喝を入れる。まずは顔を洗ってしゃっきりとしよう、そう思い一人で暮らすにはやけに長い廊下を洗面所へ向け進む途中俺はふとあることを思い出した。
「そういや…世界、滅んでないじゃん…」
今日は12月15日、予言では今日世界が滅ぶといっていたが…今日も世界は平凡そのもので外は寒い空気に身震いしながら通勤する大人たちやそれをあざ笑うかのように飛び回る鳥たち、そしてひっきりなしに通過する車の騒音であふれかえっていた。結局世界が終わるなんて眉唾なんだ、学校で黒崎をからかってやろう、そう思いながら俺は顔を洗おうと洗面台を覗き気が付いた。まるでウサギのように真っ赤な目をした自分が鏡に映っていた。そして頬には泣き腫らしたような跡がくっきりと残っていた。
「俺は…泣いていたのか?どうして…?」
まさか夢を見て泣いていたというのだろうか?夢の内容なんて覚えていないが、それ以外の理由が見つからない。今朝からどうにも様子がおかしい。知らないストラップを持っていたり何か大事なことを忘れているようだったり、夢で泣いていたり。
「う~ん…なんだろうな…ストレス?」
どれだけ考えたところで俺の奥底に潜む違和感の正体はぬぐえなかった。きっと寝ぼけているのだろうということでその場は済ませてしまうことにした。
一人きりの朝ご飯を食べ終わり去年の誕生日に自分自身にプレゼントした黒と白のメンズマフラーを巻いて登校を始める。葉が完全に落ちてしまった冬の木々を眺めながら喧騒にあふれた道を進んでいく。なんだかこの喧騒がとても懐かしく感じるのはやっぱり俺がまだ寝ぼけているせいだろうか。肌に突き刺さる寒さが思考を鈍らせる。
「おはよう夏樹君」
「ん?あぁ、露子か。おはよう」
と、ふと背後からかけられた声に振り向くと露子がいた。マフラーにコートに手袋に完全防寒な彼女だがその口から漏れる吐息は白く染まっていた。
「今日も朝から寒いね…」
「あぁ、そうだな」
「こんな寒い日は嫌になっちゃうよね…私ほんと寒いの嫌いなの…」
俺たちは昨日世界が終わるなんて噂を聞いたことも忘れてただいつも通り何の実りもない他愛もない会話を続ける。それは決して意図的に避けている、というわけではなくただ単に話す興味がないと知っていたからだ。実際オカルトをあまり信じていない露子に世界終わらなかったな、なんて言ってもあんまり会話が発展しないだろうし。
「あ、そういえば…昨日なんて言おうとしてたんだ?確か今日になったら話してくれるって言ってたよな?」
「あ…う、うん…」
とたんさっきまで普通に会話できていた露子が口ごもる。顔もどこか心なしか赤く染まっている気がする。
「ん?大丈夫か?やっぱり体調良くないんじゃ…」
「そ、そんなことないよ!元気元気!」
確かに元気そうに見えるのだが、幾分顔が赤いのはやはり気になる。
「もしかして寒いのか?ならマフラー貸すぞ?」
「い、いいよ!マフラー借りちゃったら夏樹君が寒くなっちゃう!それに私はなんともないの!」
「そ、そうか…?」
少々食い気味な感じがするが、大丈夫と言えば大丈夫なのだろう。女の子にはいろいろ触れられたくない部分もあるからな、と内心で適当な納得の理由を作る。
「で、お前ほんと昨日何言いたかったんだよ?」
「やっぱり覚えてたんだ…」
「もしかして…聞いちゃいけなかったか?」
「ううん…ダメ、じゃない…」
露子は一度大きく深呼吸して意を決したようにこちらを向いた。メガネの奥の瞳が鋭く俺の瞳と交わり目が離せない。これから彼女はどんな言葉を継げるのか、俺は身構える。
「今日の放課後…屋上に来て」
「え?あ、あぁ…うん…」
何を言うんだろうと思っていたがずいぶんと俺の予想外の言葉に気が抜ける。気を張っていたこちらがばかみたいに思える。
「もしかして…言いたいことって、それだけ?」
「う、うん…今はまだ…これだけ…」
まさかこれだけが言いたかったなんて…。そういえば昨日言えば死亡フラグになるって言ってたくせに、これのどこが死亡フラグなんだ?俺の頭に疑問が渦巻いてはもやもやとしたものに変わり頭に絡みつく。
「そ、その…ちゃんと放課後!来てよね!屋上で、待ってるから!」
「あ、待てよ露子!…行っちゃったよ…同じクラスなんだから一緒に行けばいいだろう…」
背中にかける俺の声も無視して露子は驚くほどの速度で走り去ってしまった。その顔はさっきより真っ赤に、まるでリンゴのように染まっていた。結局取り残された俺は一人寂しく通学路を歩んでいった。
「おい黒崎!世界滅んでねぇじゃんかよ!」
「いや、あの予言がどの暦を使っていたかだなぁ…」
教室に入るなり春宮が黒崎をいじっていた。例の予言のことで不毛な言い争いをしていたが俺に気付きあいさつを交わした。
「なぁ水瀬、お前も言ってやれよ、オカルトなんて信じるなって」
「さすがに他人の趣味なんだしそこまでは言えないけどさ…」
「くっそー…今日で世界が終わると思って恥を忍んで駅前でひたすらナンパを繰り返したってのに…!俺今度からどんな顔して駅前歩けばいいんだよ…!」
悔しそうに唸る黒崎に俺も春宮もため息しか漏れない。
「な、なんだよお前らまるでかわいそうなものを見る目で俺を見て…!」
「いや…世界最後の日にナンパするって考えに行きつくお前がどうしようもないバカだなって思っただけだ」
「え!?死ぬまでに彼女がほしいのは男としての性じゃないか!?それに童貞のまま死にたくないだろ!?」
「お前出会ったその日に即合体する気だったのかよ…」
「うるせぇ!そういうお前らだって童貞のまま死にたくないだろ?」
「お、俺はほら、ネットの同志と魔法使いになるって約束したから」
春宮、そんなに震え声じゃ説得力ないぞ。
「じゃあ水瀬はどうなんだよ!?」
「俺に振るなよ…」
うんざりした顔を浮かべると黒崎はそれ以上踏み込んでこなかった。そこでいったん会話が途切れたが黒崎がまた口を開く。
「なぁ水瀬…ほんとにお前クリスマスパーティー来ない気なのか?」
「こいつは昨日も言ったけど毎年メリーぼっちますなんだよ。今年もそのスタンスをなぜか貫き通す気らしいぞ」
ふと出されたクリスマスパーティーの話題。昨日俺は一人で過ごすからと言って断ったが、どうして俺は一人で過ごしたいと思ったのだろう。教会に行くとかでもないし特に一人ですることもない。それに過去のクリスマスの記憶が曖昧だ。何か、大切な何かが、俺の中から抜け落ちている気がする。
「おい、どうした水瀬?顔色が悪いぞ?もしかして風邪か?」
「いや、大丈夫…ちょっとくらっとしただけ…」
何かを思い出そうとすると頭がずきりと痛むと同時に心の奥底もキュッと締め付けられたように痛んだ。ずきずきとした痛みはやがて靄になり俺の意識を鈍らせていく。俺の体はいったいどうしてしまったのか、今日の目覚めからあまりよくない。記憶の混乱と感情の揺れが激しい。頭が歪み何かが抜け落ちたような歪な記憶がくるくると回り吐き気を催す。
「本当か?見た感じ全然大丈夫には見えないぞ?保健室、行くか?」
「そこまではいい…ただ、ちょっと座らせてくれ…しばらくそっとしておいて…」
「あ、あぁ…ごめん。でも無茶するなよ?お前ひとり暮らしなんだから風邪ひいたら大変なんだろ?」
「はは…気づかいありがとな…」
座って机に突っ伏すと少し気分が楽になった気がした。きっと寝不足かなにかだろうと判断して授業開始まで仮眠をとることにした。だんだんと黒に歪んでいく意識の中、俺の心の奥底は何かを告げようとしているかのようにずっとざわめいていた。
時は進み放課後となった。この時間になればもう今朝感じた吐き気もふらつく頭もどこへやら、あんなに苦しんでいたのが嘘のように気分はすっきりとしていた。やはり寝不足だったようで少し仮眠を取れば気分は落ち着いていた。きっと昨日変な夢にうなされてろくに眠れてないのだろう。何か変なものが突っかかっていた心は今別な引っ掛かりを覚えている。それは、露子の言葉だ。
どうして屋上に呼ぶ必要があるのかわからない。屋上はお昼休みになるとピクニック感覚でお弁当を食べにくる生徒が多いのだが放課後は誰も寄り付かない。清掃担当の生徒が10分ほど屋上の片づけをするとあとはほぼ無人となってしまうわけだ。しかも今は冬だから吹き曝しの屋上には誰も寄り付こうとしない。そんな場所に俺を呼び込んで何をしようというのか。
「まさか、告白だったりしてな…ってラノベの読み過ぎか?春宮にずいぶん毒されちまったかもな…」
なんて馬鹿なことを考えながら屋上への扉に手をかけた。開かれた扉から冬の乾いた寒さが全身に吹き抜けていく。朝よりは多少寒さは抑えられているが、それでも肌に刺さるような寒さだということは変わらなかった。
「来てくれたんだね、水瀬君…」
「まぁ来てくれって言われたからな。断る理由もないしさ」
露子は嬉しそうに目を細めた。その頬はやはり朝方と同じように赤く染まっている。
「来てくれないんじゃないかって思ってドキドキしちゃった…でも、来てくれて嬉しい」
「で、何の用なんだ?…まさか、告白か?」
「~~~~~!?」
ふざけていったその言葉、けれどそれは彼女の顔を真っ赤に、そして驚きに染めるには十分すぎたようだ。
「な、なんで…分かったの…?」
そして次の瞬間には泣きそうな、それでいて嬉しそうな瞳を上目遣い気味にして俺に抱き着いてきた。キラキラとした瞳に俺の戸惑いの顔が映る。そのキラキラに吸い込まれてしまいそうになり思わず目をそむけた。
「え、えと…その…ふざけて言ってみただけなんだけど…なんて言うか…ごめん…」
「謝らなくてもいいよ!そう!夏樹君が謝ることじゃないし!むしろ謝るのは私の方!告白したいからって夏樹君をこんな寒いところに呼んで…でもここ以外告白するところっていうと思いつかなかったし…」
「おい、落ち着け。深呼吸だ」
「あ、うん…」
ぐるぐると目を回しあわただしく弁明する露子を落ち着かせるとともに俺も落ち着くために深呼吸を一つ。出だしは最悪だったが告白だということに気持ちがドクンと高ぶった。
「すぅ…はぁ…うん…落ち着いた…でね、私が言いたかったのは…夏樹君のことが好きって…彼女にしてくださいって…言おうと思ってたの…」
「あぁ、まぁ…告白だから当然だよな。…で、俺のどの辺が好きなの?」
少しぶっきらぼうな態度を取ったがそれが俺の恥ずかしさの裏返しだということは知っておいてほしい。彼女の告白に俺の心拍は今も速度を上げて脈を打つ。
「えと…はっきり言うと…一目惚れ…あの日初めて図書室であった時…とってもカッコよくて、見た瞬間好きになっちゃったの…それで仲良くなりたいなって思ってたら本好きだってわかって…話していくうちにどんどん好きになって…」
「そうか…」
「あ、それだけじゃないよ!夏樹君の優しいところも好き!私のことずっと気にしてくれてるのわかるもん…今朝だって私が恥ずかしがってただけなのに風邪じゃないのか?って心配してくれたとことか…そんな優しさが好き…」
言葉を紡ぐ露子の瞳から大粒のしずくが流れて落ちた。肩も小刻みに震えてだんだんと表情が不安に染まっていく。きっと断られたらどうしよう、なんて考えているのだろう。けれど俺は安心させるように彼女に言葉をぶつける。
「俺も…お前のことが、好きだ…露子…」
「嘘…ほんと、なの…?」
「あぁ、ほんとさ。俺もたぶん一目惚れだったと思う。初めて露子とあった時ドキドキが止まらなかったし、一緒に話してると楽しい、幸せって思えた…会うたびに露子のことが好きになっていって…今じゃもう抑えられない…」
あの日の図書室の偶然的な出会い、それは俺たちの恋の運命的な出会いだったんだと思う。そしてその偶然の運命を信じて進んでいった結果が今日にある。
「俺は露子のことが好きだ」
―本当に?―
心にノイズが走った。そのノイズは心だけじゃなくて思考をも切り裂いた。
―本当に、露子が好きなのか?―
―お前には本当に愛する人がいるんじゃないか?―
―お前が向ける愛はこの女じゃないだろう?―
―お前の本心は、今どこにある?―
(黙れ!)
全身を震わせるほどのノイズを心の叫びでかき消す。けれどノイズが通った痕は消えず体には異常なまでの寒気が走り震えが止まらない。耳に張り付いたノイズがまだ反響しているかのように耳の奥で鳴り響く。
「あ、ごめんね…寒いよね…私が温めてあげる…」
俺のこの震えを寒さのせいだと勘違いした露子が体をぎゅっと抱きしめてくれた。柔らかくて温かくて、優しい彼女の抱擁に、俺も身を任せた。
「露子…ありがとな…あったかいよ…」
ぎゅっと抱きしめる露子の体、けれど彼女のその感触に満足していない何かが俺の内側に潜んでいるのは今の幸せに満ちた俺にはわからなかった。ただ、今は二人の愛が実ったことを喜び、こうして互いの温もりを感じあっていることだけが俺の心をつないでいた。そうすることでよくわからない何かから無自覚に目をそらしていたのだ。
恋人同士になった俺たちは17日の日曜日、休日を利用して初デートに出かけた。デートと言ってもプランなんて何もない。どちらかが行きたいといった場所にふらりと立ち寄る、みたいなほとんど散歩感覚のデートだ。本屋デートという選択肢もあったのだがせっかくの初デートにお互いが好きな本を読むだけというのも普段放課後本屋巡りをしていることからなかなかに味気というので却下された。
「えへへ…こうして彼氏と街を歩いてみたかったんだぁ…」
繁華街のショッピングウィンドウ群に普段と同じ黒を基調としたコートを羽織った俺の姿とそれとは対照的な白のコートを羽織りバッチリとおめかしを決め込んだ露子の姿が映る。二人は誰がどう見てもカップルと分かる風に手をぎゅっと握っていた。そんな恥ずかしい俺たちの姿をふと鏡を見た瞬間に気付き頬が外の冷気とは相まって熱くなるのを感じた。
「な、何か…恥ずかしいな…」
「恥ずかしければ慣れればいいんじゃないかな?」
肝が据わっているといえばいいのか、露子はあっけらかんと言い放った。さすが自分からこうやってカップルつなぎをしてきたことはある。
「今の私、まるで小説の主人公になったみたい…」
「ん?なんでだ?」
ふと夢見がちなことを呟いた露子。普段はこんな古典的ロマンチックなセリフなんて言わない子だというのにどうしたのだろう。
「だってこうやって好きな人と肩を並べてさ、何気ない日曜日を過ごすって恋愛小説のワンシーンでありがちじゃない?けどあのワンシーンに主人公の女の子が感じたドキドキや恥ずかしさ、嬉しさがいっぱいつまってて…今の私も夏樹君といれてドキドキしてるし恥ずかしい、とっても嬉しくて幸せなの…」
「そ、そうか…」
恋愛小説はあまり読まないから露子が言っている感覚がどんなものかわからないが、それはきっと俺も感じているこの気持ちなのだろう。ドキドキして恥ずかしくて嬉しくて幸せ、その言葉を、思いを意識した瞬間に自身の頬もさらに熱く染まるのが分かった。今この瞬間にも心の中の好きの気持ちは弾ける。愛おしい彼女とともに幸せだと実感できる。
数日前に感じた俺の心の違和感も今ではもうすっかりなりを潜めている。あの時俺の中で暴れたあれは何だったのか、今ではもう知るすべは何一つない。
「ねぇねぇ…夏樹君はさ、嬉しい?私と一緒にいて、幸せ?」
身長差で上目遣い気味に尋ねてくる露子にドキリとし顔を逸らす。俺は彼女とは違ってそういうことをはっきりといえる人間じゃないのはわかっていた。ただ顔を染めて彼女のキラキラとした瞳から逃れるしか恥ずかしさで死にそうな体を守るすべはなかった。
「むぅ…言って、くれないんだね…」
けれど露子が泣き出しそうな顔をした瞬間、俺の中の恥ずかしさはなりを潜める。とたんに彼女にまるで反射的に、好きだ、と俺はこぼしていた。どうにも俺はそういう泣き顔に弱いらしい。
瞬間露子の顔に笑顔の花が咲く。満面の笑みを見せたその顔は、どこか見覚えがあるような気がして仕方なかった。けれどそれもやはり気のせいだろうということで数分先には頭の片隅にも残ってはいなかった。
「うぅ…少し寒くなってきたね…」
「そうか?…お前がそんな寒そうな恰好してくるからだろ」
「だってだって…初めてのデートだしちょっとおめかししようかなって思ったんだもん…」
「おめかしより自分の体調の方が大事だ」
冬だというのにスカートでそこから覗く健康的な肌も寒そうに少し白く染まっていた。それにコートも今着ている服と合わせてか少し薄めだ。見ているだけでこちらが寒くなってきそう、といえば少しオーバーだがそれでもやっぱり寒いんじゃないか?と疑問に思うくらいではあるもので、俺はため息をつきながらもそっと彼女の肩に自身のコートをかけてやった。
「え…?」
「ほら…着ろよ…風邪、ひかれたら困るしさ」
「ふふ…ありがとね」
そのぶっきらぼうな言葉の奥の気遣いをまるで分っているよとでも言いたげな露子の瞳に俺はたじろぐ。けれど決して彼女はそういうことを口には出さずただコートをつかんで自身の身を温めるだけだった。
「えへへ…あったかい…これ、夏樹君のにおいいっぱい染みこんでる…息するだけで夏樹君が体中に広がっていく感じ…」
「ば、バカ!嗅ぐなって!臭いだろ」
「え?臭くないよ?だって大好きな人のにおいだもん!ちょっとくらい汗っていうか男臭くっても平気!」
「やっぱり臭いんじゃないか!返せよ!」
「や~だよ~」
周りの視線がバカップルを見るようで痛い。バカみたいにじゃれあってるときは幸せなのだがふと我に返った時のこの周りとの温度差が少々胸に染みる。これが、恋の大変さというものなのか。なんて馬鹿なことは置いておくとして、さすがに俺もコートなしじゃ長くはもたない。そういうわけで手近にあったコンビニで何か暖かいものを買うことにした。
「お前何がいい?おごるよ」
「え?ほんとにいいの?う~ん…悪いなぁ…」
なんて言いながらも露子は嬉しそうに店内の物を物色する。俺もそれに倣って暖かそうなものを探す。気がつけばクリスマス商品を多数展開しているのを見て今年は一人じゃなくて露子とクリスマスを過ごすか、なんて先のことを考えた。
「じゃあ私肉まんにしようかな」
「肉まんか…じゃあ俺は…カレーまんにしようかな」
「カレーまん、好きなの?やっぱり男の子っぽい」
「カレーまん好きなのって男の子っぽいのか?」
「うん。だって男の子ってみんなカレー好きでしょ?ならカレーまんも好きなんじゃないの?」
「それただの偏見だろ…まぁ確かにカレーが嫌いな男はあんまり見ないな…」
そういう俺もカレーが大好きだ。野菜がトロトロになるまで煮込んだ母さんのカレーを思い出す。あれは紛れもなく母の味で俺の良き思い出だ。
(そういえば…俺が前に食ったカレーも…母さんのカレーの味がした…あれ…?あのカレーは、誰が作ったんだろう?俺が大好きなハンバーグカレーを作ってくれたのは、いったい誰だ?)
思い出した昔と心の奥に潜んでいたはずの違和感が結びついた。一度違和感を感じるとそれはどんどんと、まるで水を吸ったスポンジみたく大きく膨れ上がり俺の心を隙間なく支配していった。
(誰だ…?俺の記憶にいるのは…?俺は、何かを忘れている…?記憶が…分からない…)
記憶と同時に心が混乱する。ざわざわとざわめきだす心が店内にループで響くジングルベルの音とともに耳元で大きく騒ぎ立てる。ぐるぐると視界が回り平衡感覚がなくなっていくみたいに意識もだんだんと黒に染まっていく。
「…君…夏樹君…夏樹君!」
「!?」
ふと呼ばれた俺の名に眩んでいた視界は一瞬で元の姿に戻った。意識も、心のざわめきもその声でどこかに飛んでしまったみたいだ。
「どうしたの?急にぼぉっとしちゃって…もしかして考え事?」
「い、いや…なんでもない…」
頭を振って脳内にこべりついたわけのわからない物を吹き飛ばす。きっとまた寝不足が原因だろう。今日のデートにドキドキして昨日あまり眠れなかったことを思い出す。眠気覚ましのカフェイン注入のためにホットコーヒーも買って俺たちは店の外へ出た。店員の声とともにさっきはあんなに近く感じていたジングルベルの音がやけに遠くに感じた。
「はむっ…うん、おいしい!熱々でジューシー!」
隣で何も知らない露子は大口を開けて幸せそうに肉まんをほおばっている。美味しいと目を細めた姿を見ているとまた心がざわめくのを感じた。ダメだダメだ、と自身に喝を入れてコーヒーを流し込む。ブラックのほろ苦さと少し渋みの利いた味が喉を流れるとどこかスッキリとした自分がいた。コーヒーと一緒にわけのわからない物も流れていったのだろうか。俺はさらにカレーまんにかぶりついた。ピリリとしたスパイスがじゅわっと口いっぱいに広がる。そのあとから豚肉の美味しいスープが流れて来て口の中を楽しませた。
「…おいしい」
「私も久しぶりにカレーまん食べたいなぁ…一口ちょうだいよ。私のも一口あげるから」
「あぁ、いいぞ」
「あ~む…うん!ピリッとして美味しい!」
「あむあむ…うん、こっちはシンプルでいいな」
(あれ…?そういえばこれって…間接キス!?)
無意識だったが間接キスをしてしまいドキリと鼓動がはねた。露子は気づいていないが、一度気づいてしまった俺はもうどうにも止まらない。ドキドキがうるさく胸を占めた。
(そういえば…こんなやり取り…したことあるぞ…)
デジャブ、というのだろうか、その違和感を感じた瞬間、頭に数日前感じた物より一層強いノイズが走った。先ほど落ち着いたのはこの大きなノイズの前触れだったかのようだ。激しいノイズは俺の頭が割れてしまいそうなほどの痛みを与える。
「あ、あぁ…!」
「大丈夫夏樹君!?」
心配してくれる露子を払いのけて俺は頭を抱えた。まるで脳天から杭を刺されているような激しい痛みに目が自然と見開く。
「あぁぁぁぁぁ!ああぁぁぁぁぁ!」
―カレーもおいしそうだなぁ…お兄ちゃん、ちょっとちょうだい!私のもあげるから!―
―あ~む…うん!ピリ辛でおいしい!お兄ちゃんの言った通りなんだか体がポカポカしてきたかも…それじゃお兄ちゃんも…あ~ん―
脳内で女の子の声が聞こえる。さらに女の子のビジョンまで見える。けれど女の子の姿は真っ黒でノイズまみれで俺には見えない。だけども、俺はこの女の子とあって、楽しそうに笑いあっている。今みたいに間接キスで恥ずかしがってドキドキとしている。
(なんだよ、これ…お兄ちゃん…?俺には妹はいないぞ…くそ…頭が…灼けそうだ…)
ノイズまみれの女の子、正体はわからないのにどこか懐かしく愛おしい。そしてその愛おしい感覚は俺の奥底にあった感情を揺さぶる。それがまた頭痛を引き起こしてたまらずにその場にうずくまる。
吐き気を催すほどの量の感情が俺の頭を駆け巡っては消えていく。何か、俺の知らない、いや、俺が忘れている何かがあるはずだ…。俺は…俺は…
「あぁぁぁぁぁ!」
「夏樹君!」
「…あ…?」
露子の突き刺すような叫び声に、俺の頭にかかった靄は完全に吹き飛んだ。ノイズも、正体不明の誰かも、もう頭の中にはいない。けれどそれが現実だったというように吐き気だけは収まらなかった。
「大丈夫…?体調、悪い?無理しないで…今日は帰ろ?ね?」
「ごめん、露子…」
俺はただそれだけ言うと露子に背を向けた。彼女の寂しそうな顔が目の前の車のミラーに映ったが、俺はそれでも足を止めなかった。今はただ帰りたい、帰ってベッドで眠りたい、ただそう思った。眠ればすべて元に戻るはずだ、前みたいに楽になるはずだ。きっと何もかもが寝不足の頭が見せた幻影だ、白昼夢でも見ていたんだろう。
なんて楽観していた俺だが、現実は残酷だった。夢でも謎のノイズまみれの女の子は俺のもとに迫ってきた。
―お兄ちゃん―
―お兄ちゃん…いいよ―
―お兄ちゃん、大好き―
―お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃん―
(お前は誰だよ…!どうして俺の中に付きまとう…!なんで俺をお兄ちゃんなんて呼ぶんだよ!)
夢の中、いくら叫んだってノイズまみれの女の子はこたえようとしない。代わりに漏れるのはまるで壊れたスピーカーが漏らすようなノイズまみれの、お兄ちゃん、という声だけだった。
その日以来俺の中でお兄ちゃんという言葉はたびたび繰り返された。滅多なことがなければ大丈夫なのだが一度何かの拍子でトリガーを引いてしまうと吐き気を催すほどの頭痛と苦しみを伴った何かが俺を襲う。その正体不明の何かはいくら繰り返したってわからない。ただずきずきと俺の脳内と心を蝕みそこにあいた穴にむりやり収まろうとしているようだった。
そんな苦痛の日々が過ぎていき今は12月24日、街には初めての雪が降りその景色を白く白く染め上げていく。
「雪、か…」
窓の外に見える真白の街、そこに降り積もった雪が太陽の光を浴びてキラキラと輝き俺の目を焦がす。その光景にまたデジャブを感じて頭がズキリ、と痛んだ。
襲い掛かってくる頭痛を振り払うように俺は頭を振り顔を洗う。今日は露子とデートの約束がある、また頭痛を感じて辛そうな顔を浮かべていると彼女に心配されてしまう。ただでさえこの前のデートで随分と心配されているのだ。これ以上心配されるのは申し訳ない。
「さて…そろそろ出るか…」
少し早いがこのまま家にいても仕方がない、そういうわけで俺は白い街へと出かけた。街は冷たい空気を孕んだ腕で俺の体を迎え入れてくれた。
世界はクリスマスの色で染まっていた。街中の人々はみな笑顔をたたえ聖夜の訪れを喜んでいるようだ。母親におもちゃをねだる子供も、初々しいカップルも、老成した夫婦も、今日は皆どこか幸せそうに見える。そしてかくいう俺の彼女、露子も幸せそうな笑みを浮かべて俺のことを待っていた。
「おはよう、露子」
「こういう時はメリークリスマスだよ、夏樹君?」
「あ、そうか。じゃあ、メリークリスマス露子」
「うん、メリークリスマス、夏樹君」
少し早めに待ち合わせ場所に来たつもりだったが既に露子はそこにいた。この前のデートとは違う暖かそうな衣装を身に着けている。
「…もしかして、待った?」
「ううん。全然。楽しみでちょっと早く着いちゃっただけ。それに夏樹君だって予定より20分も早いよ?」
確かに俺も人のことを言えないかもな、なんて内心で苦笑する。
「ま、早く着いたならその分いっぱい遊べるしさ。で、どうする?どこに行く?」
「う~ん…どこにしようか?」
「決めてなかったのかよ…」
お互い顔を見合わせて苦笑した。どうやら今回も前みたいに適当に散歩するデートになりそうだ。
「あ、そうだ。商店街のツリー見に行ってみない?クリスマスの装飾が完成したんだって」
「そうか。なら見に行ってみるか」
どうせ行くところなんてなかったんだ、ここは露子の言う通りツリーを見に行くことにする。そういうわけで俺たちは商店街へ向けて足を進めた。
「うわぁ…綺麗だね」
商店街の真ん中あたりに映える大きな木、そこには夜になれば光るのだろうたくさんの電飾やらラッパを吹いている天使やサンタの人形などが飾られていていかにもクリスマスといった風貌だ。まだ昼間だということでツリーを見ている人は少ないがきっと夜になれば大勢の人間がこの下に集まってライトアップされたこれを見上げるのだろう。そして愛を囁きあったり、するのだろう。
「あれ?夏樹君、どうしたの?やっぱりまだ体調良くなってないの?」
隣で幼子のように目をキラキラとさせながらツリーを見上げていた露子とは打って変わり俺はこのツリーを見た瞬間頭にまたノイズが走るのを感じた。そのノイズは今まで以上にけたたましい音量で俺の頭を犯す。まるで高架橋の下を歩いていると頭上で電車が通った時のような轟々とした頭と耳、両方を潰しにかかってくるような激しいノイズに狂おしいほどに体が震える。奥底にあった何かがむりやり引っ張り出されるようだ。
―お兄ちゃん、早く殺して―
手によみがえる柔らかい何かをえぐる嫌な感触。ぐにゅりとした生々しい感触とともにぬめりとした生暖かい液体が手にかかったような歪な感触もよみがえってくる。俺の手が、血肉に汚れている。
「はぁはぁ…」
赤く染まっていくその手は、いったい何を突き刺しているのだろうか。それはノイズまみれの少女の体だった。少女の体から溢れるのは血ではなくノイズ、そのノイズに乗って彼女の抱いていた愛が流れ落ちて、俺の手をべたべたと汚す。その不快な感触に知らず息が荒くなり呼吸がままならない。
「ねぇ…大丈夫なの、夏樹君?ねぇ…返事して、夏樹君!」
俺の耳に何か聞こえる。けれどそれはノイズがべったりと貼りつき思考力を根こそぎ奪った脳内ではただの音としか響かない。
ノイズが引き起こした頭痛はついに耐え難いものとなりまるで脳みそをシェイクされているような不思議で歪な感覚を俺に与えた。ぐちゃぐちゃにかき混ぜられた脳が現実と虚構の境界線を失い何が本当のことかよくわからなくなる。ノイズが本物で、今見ている世界は偽物?それとも両方とも本物なのか偽物なのか、俺の本当の記憶は、心はどこにある?
―お兄ちゃん…大好き…―
―私は、お兄ちゃんのこと忘れないよー
彼女は俺のことが好きといってくれた、彼女は俺のことを忘れないといってくれた。けれど俺は彼女への感情を失ってしまった、この心に彼女がいる場所はない。
頬には自然と暖かいものが伝い地に落ちた。冷ややかな雪が、その熱で少し解けた。
「夏樹君!」
体に感じた暖かくて柔らかい何か、それがだんだんと俺の意識を現実へと連れ戻した。緩和していく頭は今のこの状態を次第にとらえていく。俺に涙交じりの瞳で抱き着いた露子、奇怪なものを見るような眼で俺たちを見る周りの人間、曇り始めた空、そのどれもが俺の心に重みを残すには十分だった。
「俺は…」
「夏樹君、いこ?ちょっと休憩しよっか?」
俺は露子に手を引かれて近くの公園へ連れていかれそこのベンチに座らされる。
「大丈夫…じゃないよね、夏樹君。本当にどうしちゃったの?」
「わからない…」
心配する露子の顔をはっきりと見ることがためらわれ顔を逸らした。
「もしかしてさ…私といると、つらいの?私と、いたくないの?」
「そんなことは…」
俺は首を振って否定したが露子は納得のいかない顔を浮かべていた。瞳には大粒の涙が浮かんでいてほんの数分前に見せていた幸せそうな笑顔はもう崩れ去っていた。
「嘘だよ…だって夏樹君、私が告白したあの日からすっごく苦しそうにしてるもん…」
「いや、多分あの日から体調が悪くなって…」
「ねぇ…夏樹君はさ、ほんとに私のこと、好きなの?」
「え…?」
露子から言われた言葉に頭を殴られたような衝撃を受けるが、その衝撃さえノイズによって瞬く間にかき消される。
「夏樹君は私のこと好きって言ってくれたし、私といると嬉しそうな顔してた…けどね、そのどこにも夏樹君の本当が見えなかったの…上辺だけ取り繕ったような…そんな感じだった…私それがずっと不安だった…私は夏樹君の本当の彼女にはまだ認められてないって…思った…」
一呼吸開けて露子が声を振り絞った。
「ねぇ答えてよ…夏樹君の心はどこにあるの!?私はこんなに夏樹君のことが好きなのに…夏樹君は、どう思ってるの?私のことが好きなの!?それとも…」
露子以外に好きな人なんていない、頭に浮かんだその言葉を吐き出す前に、自然と口が言葉をこぼしていた。
「俺には…好きな人がいる…」
こんな言葉言うはずじゃないのに、自然と口が動く。俺の意思と関係なく心の奥底にあった気持ちがあふれ出してくる。
「俺には、ずっと前から好きな人がいたんだ…俺に寄り添ってくれて、俺に幸せを与えてくれた女の子が、いたんだ…」
「…そう…やっぱり、そうなんだ…」
なんで俺はこんなことを、しかも泣きながら言っているんだ。俺は一番露子が好きなはずなのに、心がそれを認めていない。俺の心の中のさらに奥にいる誰かを好きだと宣言している。
「ねぇ…教えて…その好きな人って…誰?…あ、別に知ったからって嫉妬したりましてや殺したりなんかしないよ?ただ、知っておきたいの…私の好きな人が、どんな人が好きだったかって…」
「俺が好きな人は…あれ…?誰、だ…?」
わからない。俺の心が、わからない。俺がこぼした本当の気持ちは誰への言葉なんだ?俺の好きはいったい誰に向けられていたんだ?
―愛してるよ×××―
俺はいったい、誰に向けて愛してると言った?あの優しくて温かい女の子は、いったい誰だ…?
訳が分からなくなりポケットに突っ込んだ手を握る。手の平に何か固いものが刺さり痛みに顔をしかめる。
「これは…」
ポケットにあったものを取り出してみると、あの日目覚めた時に握っていたストラップだった。どうしてここに入っていたのかわからない。あの日確かに机の上に置いたはずだ。尖った先端が指先を傷つけそ漏れた血が、そこに付着して赤く染まっている。それを見た瞬間、俺の記憶のカギはほどかれた。
「ゆき…の…」
世界が終わっても生き残ってしまった俺と妹、そこで愛し合った二人、最後には別れる運命にあった二人、彼女が最後に残してくれた俺へのプレゼント、赤く染まったストラップ…
まるでビデオの巻き戻しを見ているように俺の脳内には世界によって消された記憶が映っていく。終わった世界の記憶がすべてすべて蘇ってきた。あの日の彼女のことも、すべてすべて…
「雪乃…」
雪乃、口の中でつぶやくと彼女への愛があふれて心を満たす。彼女の名を呼んだだけで心がほっとする。頭のノイズが剥がれ落ちていき、俺の中の雪乃は俺を苦しめる存在じゃなくなった。けれど姿はまだノイズがかかってうまく雪乃を思い出すことができない。だけれどノイズまみれの彼女が俺の愛した雪乃だということははっきりとわかった。
「俺が好きなのは、雪乃だ…」
「そっか…雪乃ちゃんっていうんだ、夏樹君の好きな子は…ねぇ、夏樹君…最後にさ…ううん、いいや、やっぱり何でもない…こんなことしちゃったら、夏樹君のこと諦めきれなくなっちゃうや…」
露子が、泣いている。俺はこの世界で愛した女の子を泣かしてしまったのだ。そんな彼女にどういう言葉をかければいいか戸惑った。
「ごめん…露子…」
結局俺はごめん、といって彼女を優しく抱きしめた。彼女は最後の最後まで、泣き止むことはなかった。
「はぁはぁ…雪乃…雪乃…!」
俺は街を駆ける。風と一体となったと感じられるくらいの速度で、速く速く、駆ける。たった一人の愛を抱いた家族の元へと。
「雪乃!」
家の扉を勢いよく開けて俺はかつて彼女の部屋だった場所へ向かった。蹴破るように扉を開けて叫んだが、そこはもぬけの殻だった。雪乃がいた痕跡など何一つなく、そこはただほこりまみれの押し入れと化してしまっていた。それはそうだろう、俺が思い出したからといって雪乃がこの世界に生きていた証は思い出されることはない。俺だけがこの世界でイレギュラーなのだ。けれど諦められなかった。俺の中で雪乃がよみがえったのは奇跡といっていいほどだ、ならその奇跡がさらなる奇跡を引き起こすと、強く信じたから。
「雪乃…!」
俺は謝りたかった。彼女は忘れないといってくれたのに、俺は彼女を覚えていることができなかった。世界によってそう仕組まれていたとしても、俺は彼女を忘れてしまっていたのだ。そのことを、謝りたかった。俺の愛の軽さを、謝りたかった。
「雪乃…!」
家中を駆け巡るがどこにもいない。やっぱり奇跡は起きないのだろうか。心がくじけかけた瞬間、ききぃ、と扉が開く音が聞こえた。驚いてそちらを振り向くとそこは両親の部屋だった。時間が巻き戻る前の世界で俺たちの愛を育みあったあの部屋だ。
「雪乃…そこに、いるのか…?」
どくん、と心臓が脈打つ。一歩、また一歩と歩を進めるたびに心臓の鼓動はいっそう高まる。扉と俺との距離がなかなかに縮まらない、そんな錯覚を覚えながらもようやく扉の前に立った。俺は吐き気がするほどのドキドキを抑え込もうともせずにその部屋へ足を踏み入れた。
その部屋で初めて感じたそれは、匂いだった。むせかえるような命のにおいが、その部屋には充満していた。それもそのはずその部屋には雪乃の血が、脳漿が、体液が、俺の唾液、汗、精液とが混ざったものが今もべったりと染みこんでいるから。その証拠にベッドにも壁にも床にも、カーテンにさえ彼女の血が飛び散り異様な赤に変色したものが染みこんでいた。俺と彼女の獣のような愛のにおいが、確かにそこに存在していた。
けれどそこに、雪乃はいなかった。いるかもしれないと期待しすぎた俺にはその時の絶望は言い表すことができないほどだった。
「くそ…雪乃…どこに、いるんだよ…?早く、出てきてくれよ…」
思わず足が崩れてその場に膝をついてしまう。涙が、血に染まった床に落ちる。その瞬間、部屋に冬の冷風が吹き抜けた。ひゅぅ、と吹き抜けた一筋の風、それがベッドの上にあった白い何かを吹き飛ばして俺の目の前へポトリ、と落とした。それは手紙だった。確かに彼女の筆跡で書かれているそれに俺は食いつくように目を通した。何度も書き直した跡があり少し読みにくいがそれでも一つ一つの彼女の思いを拾っていく。
そして、その手紙を読み終えたころには俺の心の中にいたノイズはすべて姿を消し愛しい雪乃の姿が現れた。雪乃の存在の全てが、まるで卵の殻を剥ぐようにべりべりとノイズを裂いて思い出される。心の中で思い出した彼女への思いが今、爆発した。
「はぁはぁ…雪乃…!」
―お兄ちゃんへ。お兄ちゃんは元気にしてるかな?私はそうだなぁ…死んじゃってるからよくわかんないや。と、こんな変なジョークを書くために手紙を残したんじゃ無かったっけ。お兄ちゃんおめでとう!彼女ができたんでしょ?私全部見てたよ?お兄ちゃんってば真っ赤な顔でデートしてたでしょ?あんなに恥ずかしがること無いのにね―
俺は走る、ただただ街を駆け抜ける。目の前の人も押しのけて、俺は走る。
―ごめんね、お兄ちゃん。苦しい思い、させちゃったよね。私のことを愛した記憶がまだ完全に消えてないんだよね。でも平気だよ?それももうすぐしたら消えるってカサンドラが言ってたから。お兄ちゃんの愛が強すぎて完全には消しきれてないんだってさ。でも25日になったら消えるって言ってたから安心して―
空にはもう夜の帳がかかっていた。星たちが、聖夜の街を祝福するかのようにキラキラと浮かんでいる。夜になり街も本格的にクリスマスムードだ。辺りの店からは楽しげなクリスマスソングが漏れている。待ちゆく人もみなクリスマスの魔法にかけられて笑顔だ。そんな中俺だけは必死な顔をして走る。ただ一か所を目指して。
―お兄ちゃんにそんなに愛されてるなんて、私とっても嬉しい…たぶんこの世界で一番の幸せ者かもしれない…さっきはあんなこと書いたけど、やっぱり私、お兄ちゃんの気持ち、消えてほしくない…お兄ちゃんに忘れられるなんていや…そんなの無理だよ…大好きなお兄ちゃんが私のこと見てくれないのはつらくてつらくて…もう胸が張り裂けそうなの…―
「雪乃…俺も、苦しかったんだ…お互いさまだろ…」
手紙の内容を思い出しながら、俺はぽつりとつぶやいた。
-―もうお兄ちゃんに会いないのがこんなにつらいなんて思わなかった。どうしてこんなことになっちゃったんだろうね…神様って本当に意地悪…けど、神様のおかげで私たちは恋人になれたんだよね?お兄ちゃんのお腹が空いたのも神様のせいだしさ…って話がそれちゃったね。私はさ、お兄ちゃんが大好き、どうしようもないくらい大好きになっちゃった…だから、もう一回だけ会いたい…―
「俺も…雪乃に会いたい…」
―-もしお兄ちゃんが私のことを思い出したら、あのツリーの下に来て。私はずっと待ってるから。もし来てくれたら、私がお兄ちゃんの背中をポンポンって叩くから。あ、でも今の私は誰にも見えないし触れないんだっけ…ま、いいや。ツリーの下に来てくれるだけで十分だから。私、待ってるね。クリスマスが終わったら私は消えちゃうみたいだから、思い出したらできるだけ早くね。ほんとに…待ってるから。お兄ちゃんの妹で彼女雪乃より―
「雪乃…!」
昼間に一度やんだ雪がまた降り始める。白い輝きが俺の上へ、街へ、ツリーに積もっていく。ツリーにはとうに電飾が輝きその温かな光は冷えた人々の心を優しく温めているようだ。
俺は白い息を乱しながらツリーの下へ。走っていたせいで冬なのに汗だくだ。周りの人たちが奇異の視線で俺を見たがすぐに興味を失いクリスマスの喧騒の中消えていく。
「雪乃は…?」
俺はくるりと辺りを見渡すがあの可愛らしい金髪ツインテールの妹を見つけることはできなかった。やっぱりあの手紙の通り雪乃は俺には見えないらしい。
「はぁ…雪乃…」
寒さでかじかんだ手をポケットに入れる。するとそこに暖かい何かがあった。それを取り出すと俺があの世界でもらった手袋だった。誕生日にもらった雪乃の温かい愛情が染みこんだ手袋をはめるとやっぱりあの世界と同じでとても暖かかった。
「なんでこれは見えるのに…雪乃は見えないんだよ…」
雪乃にまつわるものばかり俺の周りに現れるが肝心の雪乃は見えない。それに憤りぽつり、涙がこぼれた。
―ぽんぽん―
ふと、誰かに肩を叩かれた。
「雪乃!?」
俺は勢いよく振り向いて彼女の存在を探す。けれどやはり見えない。肩を叩くのが雪乃の合図だった。多分俺の今目の前には見えていないが雪乃がいるんだと思う。
「頼む雪乃…俺、もう一回雪乃のことが見たいんだ…もう一回、雪乃のこと、好きって言いたいんだ…」
虚空に喋りかける俺は周りから見ればやっぱり変な人間として見られているのだろう。けれど俺はそうせずにはいられなかった。愛しい妹に、もう一度俺の愛を伝えたかった。ただの一度でいい、それだけで俺は満足するから。だから神様、お願いだ、もう一度だけ、雪乃に合わせてくれ…
けれどどれだけ願っても目の前に雪乃の姿を確認することはできず虚しく時だけが過ぎていった。きっと過ぎた時は数秒だったと思うが俺には1時間にも2時間にも長く感じられた。
「どうしてだよ…雪乃…」
がくり、と肩を落としたその瞬間視界が真っ黒に染まった。俺の目元に何か暖かいものが重ねられ視界が塞がれたのだ。
「だ~れだ?」
小さくて温かい手とその声で、俺は涙があふれるのが止められなかった。何を隠そうそれは俺の愛しい彼女のものと一致したから。
「水瀬、雪乃…俺の、妹で、彼女だ」
「正解!」
視界を覆っていたものがはがれると俺は振り向いた。そこには、俺の最愛の彼女が意地悪そうなそれでいて恥ずかしそうな笑顔を浮かべて立っていた。
「雪乃…お前…」
「えへへ…帰って、来ちゃった」
「おせぇよ…バカ…お帰り、雪乃…」
「うん、ただいま、お兄ちゃん!」
そして俺たちはどちらからともなく口づけを交わした。今まで会えなかった永遠とも錯覚させる時間を埋めるように、互いの愛の赴くままに、唇を交わした。ふにり、と柔らかくて甘い唇は懐かしくも、どこか新鮮な味がした。まるで蕩けるみたいに甘い口づけ、星までが頬を赤く染めてしまいそうなほどの熱烈なキスが、彼女の存在が確かなものであると俺に感じさせた。
「雪乃…愛してるよ…」
「お兄ちゃん、私も、愛してる…大好き!」
今年のクリスマスプレゼント、それはきっと生きている中で一番うれしいであろう代物だった。こんなプレゼントをよこしてくれた神様に、感謝をしたくなった。
雪乃と肩を並べて俺はクリスマスの喧騒を歩く。ショッピングウィンドウに映るのは幸せそうな兄妹の姿。ぎゅっと手を握ってもうはなれまいとしている風だ。
「なぁ?聞きたいんだけどさ、どうして帰ってこれたんだ?」
「え?それはクリスマスの奇跡ってことでさ、解決できない?」
雪乃の声、笑顔、温もり、そのすべてが俺に安らぎを与える。雪乃が帰ってきてくれて嬉しいがだがどうやって帰ってこれたのかは聞いておく必要があるだろう。
「確かにそれで解決したいのはやまやまだけど…もしかして企業秘密とか?」
「ううん、全然そんなことじゃないけど。あのね、カサンドラのおかげかな」
「カサンドラが?」
「うん。あの子が頑張ってくれたから今私はここにいられるんだよ。あとはこれのおかげかな」
雪乃はポケットから何かを取り出した。それはストラップでピンクのしずく型だ。俺のもらったものと色違いだ。
「このストラップが?」
「うん。お兄ちゃんの持ってるのだしてみて」
「うん」
俺はポケットからそれを取り出してみせる。すると雪乃は俺のそれに彼女のそれを重ねて見せた。
「ほら、これ可愛いでしょ?二つ合わせたらハートになるんだよ!」
「へぇ、すごいな」
雪乃とペアルックのそれはいま彼女の手のひらでハートマークとなっていた。きっとカップル用のお土産だったのだろう。少し幼稚だけどなんだかうれしい。
「けどこれのどこが?」
「カサンドラが言ってたんだけど、これが世界のエラーを引き起こしたんだって」
「世界のエラー?」
「あ、それはボクが話そうか?」
「え?」
突然また聞きなれた声が聞こえる。あの不思議な声の持ち主は紛れもなく一人しかいない。
「カサンドラ!?」
「メリークリスマス、夏樹」
いつの間にかカサンドラは俺と雪乃の間にちゃっかりと割り込んできていた。けれど俺はカサンドラの姿、いや、雰囲気に違和感を覚える。あのさいころの7の目のような不思議な雰囲気はどこへやら、今はただの人間のような目を見せていた。
「カサンドラ、お前、どうしたんだ?なんか雰囲気が変わったような…」
「ま、それもそのはずだよ。ボクは神様からきっつい罰を受けたんだからね」
「きつい罰?」
「あぁ。雪乃に手を貸したのが神様にばれちゃってね、それでボクの永遠にも似た命が没収されちゃったんだよ」
そういえば神様が人間に干渉するのは禁止されていていると遊園地で話したのを思い出した。けれどあれは嘘だと笑われたが、まあいい。こいつは自身の命を犠牲にして雪乃を助けてくれたという事実だけで十分だ。それはきっと感謝してもし足りないだろう。
「あれ?でも寿命が没収されたってことは…死ぬんじゃないの?」
「いや、死なないよ?」
カサンドラが不思議そうに首をかしげている。その瞳にはカサンドラよりもっと間抜けな顔で首を傾げた俺が映っていた。
「ボクは神様としての寿命を没収されて人間の寿命を与えられたんだ。これから人として過ごすためにね。ま、これが何で罰かっていうと人間っていうのはいつ死ぬかわからないよね?死の恐怖におびえながら生きろってことらしいけど…ボクにとってはご褒美でしかないわけだ。なにせ人間として感情をもって生きていけるんだからね」
「ふ~ん、なるほどね…」
「…と、話がそれてるね。元に戻そうか。確かなんでそのストラップが世界のエラーってことだったね」
「あ、あぁそうだったな。どうしてだ、カサンドラ?」
それかけていた話の路線を戻して俺はカサンドラに尋ねた。カサンドラはハートのストラップを持った雪乃を指して言う。
「それは夏樹の愛が大きすぎて記憶の消去に時間がかかったように、雪乃の愛も大きく世界にとっては規格外だった。その愛が全部そのストラップにおさめられてキミの手に渡った。大きすぎるキミへの思いに削除が追い付かずにそれだけがこの世界に残ってしまったっていうわけさ」
「まじかよ…まさに奇跡だな、そりゃ…」
まさか世界の法則を壊してしまうほどに俺たちの愛が大きかったなんて、その事実に嬉しく思うも恥ずかしさも同時に湧き上がってきた。
「お兄ちゃん!ただの奇跡じゃないよ!愛の奇跡だよ!」
「…よくそんなこっぱずかしいこと言えるな」
「ごめん…言った後にすっごく恥ずかしいって思った…」
赤く染まった頬を恥ずかしそうにポリポリと掻く雪乃。けれどそんな恥ずかしくなるような愛の奇跡を起こしたのは雪乃が俺のことを強く思っていたおかげだ。雪乃にも感謝しなくちゃな。
「雪乃、ありがとな。俺のこと、そんなに思ってくれてて…」
「えへへ…お兄ちゃんこそありがとう…私のこと、いっぱい愛してくれてて」
「そんなそんな、俺なんて雪乃の愛に比べたらまだまだ…」
「いやいやお兄ちゃん、謙遜しなくってもいいよ」
「あ~はいはいバカップルバカップル。爆ぜろリア充」
俺たちのバカみたいなやり取りにカサンドラがうんざりとした、それでいて嬉しそうな顔を浮かべた。てかカサンドラってこんなこと言う奴だったっけ。
「あ、そうだ。雪乃の存在ってどうなるんだ?この世界じゃこいつって元からいないことになってるんだろ?」
「あぁ、それなら安心していいよ。じきに元の世界の存在がよみがえってくるから。多分年内には全部元通りじゃないかな?」
「そうか、よかったな雪乃」
「うん!」
「それよりボクのことを心配してくれないかな?確かに人間になれたのは嬉しいけどボクはこの世界じゃイレギュラーだ。誰の記憶にもないしましてや家もない。キミたちはボクみたいな小さな子に路上生活を強いるのかな?もちろんしないよね?キミたちがボクみたいな子が路上で寝ているところを変態が襲ったっていうシチュエーションが好きな変態じゃないって期待しているよ」
「お前そんな妄想してたのかよ…つかお前小さな子っていうけど中身めっちゃ老人じゃん」
こんな小さな体で今まで何千何万と生きてきたと他人に言えば信じてもらえないだろうがな。
「ん?でもこの時代の人間はロリババアというのが好きと聞いたぞ?ボクみたいな長寿でも見た目が幼ければ全然問題ない、むしろ萌え要素なんだろう?」
「お前そんな情報どこから仕入れてくるんだよ…」
「ネットだよ。神様も暇だからね、ネットサーフィンが趣味にもなるさ。匿名希望の投稿も実は神様の誰かがしているかもだよ?」
「まじかよ…」
神様がネットを使ってるのなんて想像できねぇよ。雪乃も想像できないようでぽかんとただ別次元のことのようにうわべだけで話を聞いていた。
「で、キミたちはボクを養ってくれるかな?」
「まぁいいんじゃない、お兄ちゃん。私たちだけで住むには広すぎる家だしさ、一人増えたって別に問題ないんじゃないかな?」
「まぁ、そうだな。こいつには返しきれないほどの恩があるし…いいよ来いよ、俺たちの家にさ」
デートの時もカサンドラがいてくれたおかげで楽しくなったし、今だってこいつのおかげで雪乃とも再開できたわけだ。家を貸しただけではまだ足りないだろうが、それでも確実に恩返しをしたかった。この小さな神様の子供に。
「じゃあ決まりだね。これからよろしくお願いするよ、夏樹、雪乃」
「あぁ、よろしくな、カサンドラ」
「私もよろしくね、カサンドラ!…あ、私のことはお姉ちゃんって呼んでいいからね!」
「おいおい、雪乃、お前…」
「うん、わかった、雪乃お姉ちゃん!」
「なにこれ!すっごい可愛い!鼻血でそう!」
「夏樹は今まで通り夏樹でいいよね?お兄ちゃんって呼ぶのは雪乃お姉ちゃんの専売特許みたいなものだし」
「まぁ、いいか…」
こうして、俺の家に新しい家族ができた。今年のサンタさんはやけに豪勢なプレゼントをもう一つ渡してくれたわけだ。きっとこれからもっと楽しい生活が訪れるのだろう。俺と雪乃とカサンドラ、幸せな3人の生活が。
「あ、キミたちはボクにかまわずイチャイチャしてくれて構わないよ?二人っきりであんなことやこんなことしててもボクは口出ししないからさ」
「だってさ、お兄ちゃん…久しぶりに会えたんだから…私のこと、食べる?」
「いや、大丈夫だ。食欲ならもうないから」
「夏樹ってば鈍感!雪乃お姉ちゃんが言ってるのは私を性的に食べてってことだよ?」
「ち、違うよ!何言ってるのカサンドラ!もぅ…!私がエッチな子みたいじゃないの!それにお兄ちゃんも何顔赤くしてドキドキしてるの!?違うから!本当に違うから!久しぶりにお兄ちゃんにしてもらいたくなったとかじゃないんだから!」
聖なる夜に俺たち3人の楽しそうな笑い声が響く。夜に浮かぶ星月はあの日見たものと変わらなかったけれど、世界だけは色を変えて俺たちの前にある。騒がしくも温かな世界が、俺の目の前にある。そしてその世界には、二度と戻って来ないと思っていた愛した人もいて、こんな幸せが永遠に続けばいいな、なんて星に願いながら俺は寒空の下温かな家族とともに家路につく。
これが俺の話の終着点、罪深い愛に溺れた俺の物語の結末でありスタート地点なのだ。そう、まだ俺たちの日々は始まったばかりだ。明日もきっと、楽しい日々が待っている。明日はもっと、雪乃のことを好きになっているはずだ、なんて思いながら俺はもう一度空を眺めた。空には星たちがキラキラと聖夜の終わりを名残惜しそうに涙しているようにも見えた。俺には彼らがこの奇跡が起きた日の終わりを惜しんでいるようにも見えた―
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