架空の炎
◆
「当時の人々は、世界が焼かれていると信じていた。誰にも実態を把握できない奇妙な炎によって」
先生は難しい顔で当然のことを説明した。あの〈架空の炎〉のことを知らない者はいない。教室にひしめく30人のクラスメイトの誰もが、訳知り顔で頷いている。
「しかしそれは誤りだったわけですね。当時の人々は、奇妙な炎を見ていたのではなく、奇妙な精神の病に罹っていた」
隣の男の子が先生の言葉を引き継いだ。
「そういうことになっているね」
「というと?」
「確かに人類は、〈架空の炎〉がその名の通り偽りであると喝破した。しかしそれが本当に正しかったのか、私には確信が持てんのだ」
奇妙なことを言う。私たちは酷く困惑した。ざわざわと囁きが教室を飛び交う。
「何故です? 〈架空の炎〉は、結局のところ如何なる手段でもってしても観測できなかったのですよね?」
彼の質問は、私たち全員の気持ちを代弁していた。
「いいかね。かつてこの国には数多の都市があり、そのそれぞれが常に稼働し、文明の栄華を極めていた……この国の人口は、その頃から記録上変化していない」
16人の生徒全員が頷く。そんなことは皆わかっている。
「しかしそんなことがありうると思うかね。たった15人前後の人間に、どうして幾百もの都市が必要なのだ。それはどのようにして作り上げられたのだね。今に至る偉業の数々は、如何にして成し遂げられたのだ」
ごくり、と喉を鳴らしたのは私だった。何かがおかしい。何か異常だ、となんとなく思った。しかし何がおかしいのかわからない。私は先生の次の言葉を待った。
「そのような記録はない。あらゆる文明とその落とし子は、いつのまにか歴史に現れ、当然のように人々に受け入れられている。おかしいとは思わないか」
その瞬間、私は炎を見た気がした。世界を包む巨大な炎を。私は一瞬のあいだ、何かに恐怖を覚えた。
「先生、つまりそれは……〈炎〉は実在したということですか。それともあるいは、今も──」
私は教室に一人だった。それは当然のことで、私はひとりで暮らしていたし、ひとりで学校に通っていた。
今日は何の用で学校に来たんだっけ。どうしても思い出せなくて、少し困ってしまった。……まあ、いいか。
私は荷物を鞄にしまい、軽く床を掃除してから教室を出た。空はいつものように赤くて、燃えるように綺麗だった。
それは人類史を焼く炎。恐るゝ勿れ。抗う勿れ。知らぬ間に全てが燃え尽きる。そうすればあなたは最初から、
◇
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