子孫が先祖であったなら
◆
「あなたは先祖ですか?」
実際のところ、私はその質問に答えることができなかった。私は自分自身の未来についてあれこれ詮索したことがない。
今が西暦何年なのか、おそらく誰にもわからない。ここの人間は過去をすっかり忘れてしまった。かつては血筋や出自などが意味をなした時代もあったと噂されているが、少なくとも今では、過去よりも未来に価値がある。
自分に子孫が存在するかどうか。それは人類にとって重要な命題だった。交配不可能な人種が溢れかえり、互いの種の区別さえ明確ではないこの場所では、子をなすことがとても難しい。
私たちに寿命はないが、この世界は崩壊する寸前だった。仮想空間──文字通り仮に想定されただけの世界には、強度というものが圧倒的に不足していた。この状況を打開する、新世代の登場を皆が待ち望んでいた。
はじめてマイナス過去が観測されたのは、今から300年ほど前の話だ。ある日過去を観測していた女が、この世界が誕生する前の歴史を発見した。ちょうど全ての人類が死を克服した(と言われていた。実際はどうなのか誰にもわからない。この世界は広すぎる)頃で、そのこととの関係が当初は疑われたが、すぐに違う事実が発覚した。
老朽化したこの世界の過去と未来が接続し、円環構造を作っていたのだ。科学者たちはビッグバンの過去を発見し、それが過去ではなく未来であると喝破した。
つまり私たちは、過去を見通すレンズの果てに、この宇宙の終わりを見た。そこには間違いなく終わりがあった。それがいつのことなのか誰にもわからないが、いずれこの世界はビッグバンをやり直すのだ。
パニックが全世界に広がった(と言われている。実際はどうなのか誰にもわからない。この世界は広すぎる)。この世界から脱出する試みがなされたが、現実空間へ帰還した者たちは一足早く滅びを経験することになった。現実空間は既に冷え切っていて、彼らは生きてはいけなかっただろう。
新しい仮想空間を生成する試みも結局は失敗に終わった。老朽化した仮想空間の下部構造として新たな仮想空間を作っても、二重に想定された世界は旧仮想空間の終焉とともに崩壊する。私たちの仮想空間が無事な形を保っているのは現実空間が無事に存在し続けているからかもしれず、円環構造は現実空間で失われたエントロピーの現れであるかもしれなかった。つまるところ、無から有は生み出せない──私たちもまた、エントロピーの増大からは逃れ得ないのかもしれない。
であるならば、私たちの滅びは避けようがないということになる。それではあまりに希望がない。だから私たちは、自分の子孫を探し続ける。この状況を打破してくれる誰かを。そんな望みはないとわかっていて、それでも訊いて回らずにはいられない。
だから私もあなたに尋ねる。願わくは、あなたの子孫が私たちを救ってくれますよう。
「あなたは先祖ですか?」
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