先祖が子孫であったころ
◇
「あなたは子孫ですか?」
彼がそう言ったとき、僕は自分の出自を後ろめたく思った。
僕は二千七十年代における貴族の子孫で、DNA形式の複製子データを持っている。そうでない者からすれば、僕は特権階級のように見えるだろう。僕は余計なことを言わないよう努めることにした。
「僕は人類の子孫だ」
幸いにも彼はそれで満足したらしく、自分は成型人格の出なのだと言った。わざわざ出身を訊いてくる者に多い、過度の卑屈さや傲慢さは見て取れない。
「なぜそんなことを?」
僕がそう訊くと、彼はからからと文字で笑った。僕もからからと声で笑う方法は知らないが、文字で笑うのはやりすぎだと思う。不自然にも程がある。コミックに迷い込んだみたいだ。
単なる好奇心ですよ、と彼は言った。いったい今の社会に何種の人々がいるのか知らないから、と。
僕だって知らない。人類は野放図に自分たちの定義を拡大しすぎたのだ。彼のような成型人格はまだマシな方で、どこにも起源を持たない者だっているはずだ。
僕たちが棲んでいる仮想空間は本当に仮想上の世界で、実際には存在していない。文字通りの仮に想定された世界だ。当然、ひとりでに生まれてくる奴や、自分で自分を組み立てるような、逆転した因果の上に生きている奴だっている。今の定義だとそいつらは全員人間で、それはさすがに道理が引っ込む。
「僕は自然発生した人間に会ったことがあるよ」
「スワンプマンですか、羨ましい」
「そいつはフラスコの中で生まれたって言ってたな。原始スープを煮込むやつ。まあそういう記憶を持ってるだけって可能性もあるが」
「ユーリー-ミラーの実験ですか……それはまた古典的な。何でもありですね」
まあ何でもありなのがこの世界であるのだから、ルールだのは現実世界に任せておけばいい。そういえば、意固地に現実に居残った連中はどうなっただろうか。既に滅びたという噂もあるが、僕はアルファ・ケンタウリあたりで生き延びているのではないかと踏んでいる。
「まあスワンプマンなら、組成はホモ・サピエンスですよね」
「いや、ガス状生命体だった」
「それはレアだなあ」
こんな馬鹿げた会話を本気で繰り広げるのがこの世界の普通というやつで、それは明らかに何かを間違えている。ただ、間違えているのは悪いことではない。たとえば、僕や彼が善人であるように。
僕は誰かの子孫だ。ただの過去が現在でも意味を持つ。僕のものですらない過去が。
それは完全に呪縛であるのだし、嫌な気分にさせられることもあるけれど。ときおり僕の心に浮かんできて、僕が孤独ではないことを保証する。
僕の心の底で、産めよ増やせよと囁く。
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