苦難のはじまり
◇
私が乗った飛行機が落下したのはどこかの山脈だった。
その二人乗りの小型機は、長い旅の途中で突然エンジンから火を吹いて、山の側面に頭から突っ込んだ。機械化を済ませていた私は四肢のフレームが歪むだけで済んだけれど(左足の小指が動かない)、操縦していた私の恋人はばらばらになって、あちこちに張り付いているみたいだった。
いちばん大きな塊は近くの岩場に叩きつけられていて、それは明らかにただの肉だった。たぶん頭だった部位だと思うのだけれど、こぼれた脳みそからは、既に魂が失われている。これで彼は、永遠に機械化の機会を失ったわけだ。せめて、彼の最期が安らかなものであったことを願いたい。彼は私と一緒になりたがっていた。
私は手のひらを合わせて祈った。彼の宗教が死者に手向ける祈りだ。……潰れかけの目玉があさっての方向を見つめている。死人にあさっては来ないのに。
見回せば、あちこちに彼がいた。そのどれもが原型を保っていなかったが、ばらばらになったうえで山に張り付きたがる酔狂がこの辺の現地民の中にいるのでなければ、どれもまちがいなく彼だった。
ぜんぶの彼に祈るべきか私は迷った。魂なるものが体のどこに内蔵されているのかとか、人間の本体はどこだとか、そういうことを考えたことはなかった。昔から私はいろいろと益体のないことを考えていたけれど、まさか恋人が山と衝突して四散するなんて予想していない。昔の私を責めるのはお門違いだろう。むしろ責めるべきは、私を置いて吹き飛んでしまった彼の方ではないだろうか。
考え続けていると丸二日は
手を合わせて、祈る。そして唱える。冥福と一緒に感謝を。
「いただきます」
さようなら。
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