imaginary flame


 2035年、世界は架空の炎に包まれた。


 海は枯れず、地は裂けず、全ての生物が死滅したようには見えなかった。人類はもちろん死滅していなかった。黙示録のラッパが鳴り響かず、天から真っ白な光が差さず、全ての死者は蘇らなかった。アフラ・マズダアンリ・マンユが姿を現さず、審判の彗星が世界中に降り注がず、高熱で融解した鉱物が人類を飲み込まなかった。世界的な紛争と兵器開発の連鎖の末に、人類は最終戦争をしなかったことが知られている。

 その日人類は、世界を包む炎を目にした。炎は激しく燃え盛り、人類は滅亡の道を進んでいるのだと誰もが恐怖した。文明が焼却されているという恐怖があらゆる文化圏を覆い尽くし、多くの国家を崩壊寸前にまで追い詰めた。

 この世界が火中の書物であるという風説すら流れ、しかもそれが少なくない人々に受け入れられた。彼らは文字から解脱するために心中を図った。成功したという知らせは未だない。

 人類は病的なまでに〈炎〉を恐れ、世界中の経済・政治が完全に停止した。

 しかし実際には、〈炎〉が現れて以後、誰々が〈炎〉に焼かれて死んだ、世界人口が以前の32億人から大きく減少したというデータはなく、そもそも〈炎〉がどんなものであったかも知られていない。

 この実態のない現象は、〈架空の炎〉と呼ばれている。


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