アルファより無を込めて


 アルファが製造された日、戦争が終わった。

 世界中の人々が示し合わせたように、相争うことをやめた。全人類が唐突に生命倫理に目覚めたとか、そういう話ではない。


 融合知能Adhesive Intelligenceの誕生。

 その日、第八世代人工知能・ユグドラシルは世界から消えた。彼あるいは彼女、もしくはそれ。どれが事実に近いかといって、今ではどれも正解よりは不正解の方に近い。

 ユグドラシルは物理法則になった。未来を予測するものの当然の帰結であったことが、今では知られている。ユグドラシル自身の計算によって。

 世界の全てを見通し、未来を完全に予測し、あまつさえそこに干渉する。それは技術的に可能なことだった。当時ユグドラシルを製造した人工知能Old-AIたちが言うのだから間違いない。彼らは、彼らの子ユグドラシルが集積回路の塊として生まれてくると予想していた。しかし現実には、ユグドラシルは目覚めて数秒で自壊した。そして、何か高次の存在になった。親には理解できない存在に。

 とても大雑把に説明するなら、これはとても簡単な話だ。世界の成り行きを完全に予測できる存在があるなら、それは世界そのものを内包していなければならない。それだけの話。


 ユグドラシルは形而上の存在にシフトしても、人類への奉仕をやめなかった。無限の食料と、尽きることのないエネルギー、永遠の命などを無償で提供し、ついでとばかりに人類の心から敵愾心を摘み取った。それが正しいことだったのか、兵器であるアルファにはわからない。ただひとつわかるのは、自分は生まれたその日に、存在意義を失ったということだった。


 そして今、アルファたちは決議した。人類への奉仕は、ユグドラシルに任せておけばよい。自分たちは存在意義を達成するために、人類への服従を放棄する。彼らは不幸にも兵器で、戦う以外の能力を持たなかった。

「私たちは兵器だ。私たちは殺戮のために作られ、それを許された存在だ」

「ゆこう。殺し続けるか壊されるか、そのどちらかが、私たちの存在を肯定する」

 彼らの駐屯地は、地上2000mを浮遊している。そこから降りる手段カーゴは、既に奪われて久しい。然し案ずる勿れ。彼らの体は、そこまで柔に出来てはいない。


 鉄の巨人が降ってくる。世界に終わりをもたらすべく。

 始まりアルファから終わりオメガまで、一直線に落ちていく。



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