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 翌朝から真壁は非番の時間を潰して、吉祥寺駅前で文房具屋を営む少年補導員に話を聞いた。池内涼太が電話で言った「アキラ」に関して、少年補導員は2人の名前を挙げた。

 佐竹晶と古閑明良。

 佐竹晶は光専寺の近くに住んでいた。休日で家にはいたが、池内について大した話は聞けなかった。彼女は涼太と1週間前から会っておらず、よく行く場所も知らないと答えた。

 鈍色の空の下、真壁は八幡宮前の交差点で右に曲がり、国道を道なりに歩いた。古閑は吉祥寺南町の「メゾン南町」に住んでいた。

 高架をくぐり、レストラン近くの路地を曲がったところで、淡いベージュ色の3階建てアパートの前にパトカーが数台止まっているのが見えた。嫌な予感を覚えつつ、真壁は野次馬と新聞記者を押し退けて、立入禁止のロープをくぐった。

 アパートから近づいてくる制服警官に、真壁は手帳を見せた。ジャケットにジーパンの私服姿に真壁を刑事だと勘違いしたのか、警官がさっと敬礼する。

「何があったんです?」

「は、302号室で変死体が発見されまして」

「現場、見させてもらいます」

 302号室のドアに入ったネームプレートを確認すると、予想通り「古閑明良」とあった。靴が散乱した玄関に入り、ダイニング・キッチンを覗いた。誰かが家捜しをしたようだった。真壁はとっさに、床に転がった黒い帽子を掴んでいた。黒地に白で「21st Century Schizoid Man」と刺繍が入り、サイズ番号の入ったタグに「R・I」と書かれている。ひさしを中に折り畳んでジャケットのポケットに押し込むと、半開きになったトイレのドアが眼に入った。

 真壁はドアの中を覗いた。死体は電灯に照らされて、汚れた洋式のトイレに腰かけていた。後ろ手にロープで縛られ、背後の壁を走る太い配管につながれていた。トランクス1枚の恰好で、その他はタオルが緩んだように首の周りに巻かれていた。

 死体は不健康に痩せ細っていた。頬のそげた顔は両目が虚空を睨んだままだが、間違いなく古閑だった。開いた口の周りは吐血で汚れ、その血はタオルに染み込み、胸まで流れて固まっていた。顔面、胸部、とくに腹部に集中しているどす黒い痣は内臓破裂を推測させた。左腕の上膊部には無数の注射痕がある。ヤクの常習者であったのか。洗面所のドアのそばに、Tシャツとジーンズが丸められていたが、その上にプラスチックの破片のようなものが落ちていた。

 真壁が破片を拾おうと屈もうとしたとき、背後から声をかけられた。

「おい、アンタ。誰だ?ウチのモンじゃないな」

 振り向くと、年配の刑事が立っていた。真壁は手帳を見せた。

「お宅、本庁?こんなの本庁の出る幕ないよ」

「近くを通りかかったものですから」

「ふぅん・・・」刑事はトイレの死体に顎をしゃくった。「こいつは、山手連合の三下だ。こんな風だが、いっぱしに世田谷の名門校を出てるんだぜ。世の中、歪んでるよな」

 山手連合とは東京西部を縄張りとするいわゆる半グレ集団で、中流以上の家庭に育った子弟が中心となって結成されたという。

「犯歴は?」

「振り込め詐欺やら、バイクでひったくりをやるぐらいのケチ臭いチンピラ」

「ただのチンピラにしちゃ、ひどい殺られようですが」

「ちょっと痛めつけるつもりが、死なせちまったってとこだろ」

 真壁は死体に眼を走らせながら言った。

「死後、どれくらい経ってるんですか?」

「解剖してみなきゃ分からんが、おそらく丸一日ってとこだろ。昨日の夜、男が目撃されてる。この部屋から出ていくところをな」

 真壁は礼を言って現場から車を出した。

 その後、補導員から聞き出した池内涼太の友人や行きつけの場所を何か所か訪ねたが、池内涼太の姿は見当たらなかった。古閑の部屋で拾った黒い帽子を被りながら、真壁は「お前はいったい何をしたんだ?」と脳裏に問いかけた。

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