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レンタカーを返却して新宿西署の宿直室で2時間ほど眠り、真壁は午前8時半からの日勤についた。真壁が「風俗関係かもしれない」と伝えると、上岡は渋い顔をして「サユリの身元をなるべく詳しく調べてほしい」と言った。
その日は業務が早めに終わり、真壁は何日かぶりに大井町の住まいに帰った。今年の春、北新宿にある警視庁の独身寮を出る時に、第三係の同僚である高城一範から紹介してもらった物件だった。
都立高校の近くに立つ6階建てマンションに入る。最上階にある自分の部屋まで階段を上がり、明かりを点けた。キッチンに立つと、とりあえずショットグラスを取ってバランタインを注いだ。大学時代の友人から薦められた洋酒だった。ストレートで1杯に口をつけたところへ、固定電話が鳴った。受話器を取ると、いきなり興奮した声が耳を打った。
「息子の涼太が昔、お世話になった。親子丼を奢ってもらったと、名前の入ったメモをくれたものでしたから・・・」
「どちらの涼太さんですか?」
「池内です。池内涼太です」
相手は、歌舞伎町のナイトクラブで経理をしている池内絵美と名乗った。
「息子さんは、おいくつですか?」
「15才になったばかりです。中2・・・4月に中3になりました」
真壁は突然、思い出した。去年の夏、深夜に歌舞伎町交番に詰めていたとき、近くの路上で喧嘩を起こして逮捕された中高生が数人、交番に引っ張られてきたことがあった。その中にいた中学生が1人、泣いていたので訳を聞くと、「腹が減ってる」と答えた。しょうがないなと舌打ちしながら、ポケットマネーで店屋物を取ってやった。親子丼かどうかは覚えていなかった。
母親の声は困惑しきっているような響きがあった。
「息子の涼太がちょっと前に電話を掛けて来て、ヤバいことになった、大変なことになったと言うんです。興奮していて意味がよく分からなかったんですが、アキラが死んでいて、自分が犯人されるかも知れないと言うんですよ。だから、当分は家には戻らないけど心配するなって・・・それだけで電話が切れてしまったんです」
「アキラというのは、誰です?」
「たぶん、涼太の遊び仲間だと思います。あの子の口からときどき出てくる名前です」
「男か女か、それぐらい分かりませんか?」
「いえ・・・」母親の声は自信をなくしたように小さくなった。「涼太の話は、あの子が不良になるのを認めてしまうようで、ほとんど耳を貸さないようにしていたので」
「ご主人には?」
「主人は5年前に交通事故で死にました。息子と私の2人暮らしなんです」
「息子さんが普段、行くような場所は?」
「それも分かりません。涼太は学校から不良のように言われていますが、外泊だけはほとんどしませんでしたから」
「親しい遊び仲間はどうです?」
池内絵美は黙り込んでしまった。要するに、息子のことは何も知らないようだった。思い出したように大きな声を出した。
「少年補導員に訊ねれば、あの子の友達とか行きつけの場所とかも分かるはずですわ」
真壁は池内絵美の吉祥寺駅近くの住所と、少年補導員の名前や連絡先を訊き返した。
「あの子は本当に悪いことをした時は、私には黙ってます。さっきみたいに、私に電話を掛けてくるときは誰かがやったことを自分のせいにされたり、間違いで責められたりする時なのです。どうかよろしくお願いします」
もう腹を立てる気さえ起らず、真壁は受話器を置いた。念のため、武蔵野東署と近隣の署の宿直に今夜補導された人物を確認したが、池内涼太はいなかった。テーブルに足をあげて腰を据え、バランタインをすすった。ついに中学生の人捜しまでさせられるのかと呆れながら、気が付けばぼんやりとしていた。
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