04 お姫様と何でも屋
『何でも屋 ヒイラギ』へと向かうべく、凜花は運転手がくれたメモを頼りに商店街の中へと進んでいった。
商店街は通りを挟んで両側に店が並んでいる。何でも屋はこの中のどこかにあるはずだ。
本当は、同時に見比べていきたいところだが、夜とはいえ人通りがまだある。真ん中を上下左右にキョロキョロしながら歩けば迷惑になってしまうだろう。
ひとまず凜花は入り口から見て右側から探していくことにした。
視線をそれぞれの店の看板とメモとを往復させ、しっかりと見比べていく。
「『ホームセンター オギノ』……『美容室 カンザキ』……『鑑定屋 オオクラ』……」
入り口から三店舗、商店街はすでにバラエティに富んだラインナップを披露していた。
凜花はここも違う、あそこも違うと見ていくうちに、他にどんな店があるのか興味が引かれてきた。
少し楽しみながら探せるのはいいが、一向に本命の何でも屋が見当たらない。やがて右側の店は一通り見終わり、最初の入り口の反対側まで来てしまった。どうやらここから進むと駅に着くようだが、今は用がない。
商店街には思った以上に店は多く、けっこう時間がかかった。
ドレスに合わせた靴はもちろんたくさん歩くようには出来ていないし、そもそも履き慣れていないため、靴擦れで足がズキズキと痛む。しかし、何でも屋を探すにはここから折り返してまだ手をつけていない左側を見ていかないといけない。
もしかしたらこれまで以上に時間がかかってしまうかもしれないと思うと、凜花は直感で右を選んで外した運の無さを少しばかり恨んだ。
少しため息を吐いて、再び商店街の店を見ていく。
『靴屋 ワタナベ』、『スポーツ用品 マエダ』。そして『模型屋 タカノ』。
「ここも違う……」
メモを何度見ても、看板を何度見ても変わらない。違う。ここは何でも屋じゃない。
まさか最初のミッションがここまで難易度が高いとは思わなかった。
いくら店が多いとはいえ、その中に確実にあるのだから、探せば見つかるものだろう。まだ折り返して半分もいっていないけれど、それなのにまだ見つからないのは、やはり運のなさだろうか。
そうか、運か……。
また凜花がため息を吐いた、その時だった。
何か、足音が近づいてくる。
はっとして振り返ると、一瞬だけ目が合った。ジーパンにワイシャツを着た男が凜花の方に歩いてきていた。
男は少し笑って、
「何かお困りですか?」
と、優しげな声音で言った。
いきなりのことに、凜花は「えっ……」と戸惑ってしまう。
「いきなり声をかけてしまって申し訳ありません。ですが、何か困っているように見えたので」
どうやら男は、凜花の様子を見て親切心で声をかけてくれたらしい。
「それに、何しろ珍しい格好をしてらっしゃいますし。どこかお店をお探しですか?」
男は丁寧な口調で訊いてきた。
「ええと……『何でも屋 ヒイラギ』というお店を探しています」
凜花がそう答えると、男はワンテンポ置いて「えっ!?」と驚いた。その少しオーバー気味な驚きように凜花も驚いてしまう。
一応確認にと、凜花は男にメモを差し出して見せた。男は食い入るようにメモを見ると、口をぽかんと開けて、鳩が豆鉄砲を食ったようになってしまった。そして顔が元に戻ったかと思うと、今度はにやにやとしだした。
「まさか、こんなことがあるなんてなあ……! やっぱり思った通りだ……!」
男は何やら呟いていたが、凜花には意味が全くわからなかった。
「ど、どうしたんですか?」
不審に思った凜花が聞くと、男は待ってましたと言わんばかりの表情で自分自身を指さして言った。
「『何でも屋 ヒイラギ』……ってこれ、僕の店だよ!」
「え……?」
今度は凜花が口をぽかんと開ける番だった。
今、何ですって? 僕の店?
この人が『何でも屋』さん?
男は確かに「僕の店」と言っていた。
もしもそれが本当に聞き間違いではないのなら――
やっと見つけた!
ようやく目的地、何でも屋にたどり着いたのだ。
お店までは行けなかったが、なんとか偶然に助けられたようだ。ないないと思ってしまっていた運にも一縷の望みはあったのだ。
「良かった……」
凜花は安堵の息を漏らした。本当に良かった。このまま見つからなかったらどうしようかと思った。ひとまずのミッション達成にうれしさが込み上げてきた。
一方の男も、何やらうれしそうな顔で呟いていたが、不意に思い出したように言った。
「と言うことは、とりあえず店の方に行った方がいいですね。ご案内しますよ。ここからはもうすぐです」
「あ、ありがとうございます」
男が先導で歩き出す。凜花もそれに続こうとしたが、靴擦れがズキリと痛み、思わず立ち止まってしまった。
苦い顔をしていると、気づいた男が駆け寄ってきた。
「靴擦れですか」
凜花はこくりと頷いた。
「で、でも、大丈夫です。もう少しなら歩けます」
そう言ったが、本音は逆だった。今は一歩進むのも大変に思える。
「いや、良くないですよ。えっと、どうしたらいいかな……」
男は心配そうな顔をして、どうしようかと悩み出した。
いや、本当に大丈夫ですから、と凜花が言おうとしたその時、「あっ」と男が声を上げたかと思うと、
「失礼します!」
体がふわりと上がる感覚。
「えっ、えっ!?」
なすすべなく凜花は男に抱き上げられた。
いわゆる、お姫様抱っこの状態で男が走り出す。
「ほんとにすぐなんで!」
そうは言っても、この体勢は……。
こんなことをされるのは初めてだ。
妙な気恥ずかしさと、重くないだろうかという心配とで凜花の顔は真っ赤になっていた。
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