03 店主とお姫様

 某コンビニのようなメロディをBGMにして、何でも屋の名前が入った大きめのバッグを提げた桃弥が出てくるのを、柊は物陰から見ていた。


 夕飯の買い物に行く、と言っていた柊だが、あれは全くの嘘であった。

 それもそのはず、桃弥が認識していたように、柊は基本外食だ。外食と言っても、どこかの居酒屋やレストランに入るわけではなく、商店街の店の誰かの食卓に便乗している。

 柊は幼い頃から足繁くこの商店街に通っており、当時からよくごちそうになっていた。そのよしみがあって、大人になった今でもたびたび世話になっているのだった。いささか、皆、気が良すぎる気もするが。

 そういうわけで、生まれてこの方自炊したことがない柊が毎日しっかりと三食を済ませられているのは、彼のかねてからの人付き合いを利用した結果だった。さすがに、いくらかは払っているが、また皆の気の良さが発揮されて実際はわずかなものである。

 一応、柊としても、それに見合う働きは様々な形でしてきたつもりなのだが。


 柊はオギノに向かっていく桃弥の背中を見ながら、いつかの日に桃弥に言われた言葉を思い出していた。


『柊さんは、どんな依頼なら働くんですか? 買い出しとか、掃除とか、そういうの、あんまりやらないのには何か理由でもあるんですか?』


 その時、柊はこう答えていた。


『え、だって面白くないじゃん。だからやりたくないんだよ』


 もちろん、その答えに桃弥は慣れたようにゴミを見るような視線を送ってきたのだったが、柊も同じく慣れたように動じなかった。

 

 やれニートだ、ダメ人間だと思われようが、信念を変えるつもりは柊には毛頭ない。

 彼の信念は「やりたいことをやりたいときにやる」。

 そして、彼は何か面白いものを常に求めていた。

 面白いものは自分の刺激になる。刺激になることで、そこからまたやりたいことが見つかる。

 もっと、もっと何かないか。

 ある意味では、面白いものに飢えていたのだ。


 柊は今日も何かないかと探しに出かける。買い物という嘘を吐き、わざわざ脱出してきたのだ。ただ手ぶらで帰ってまた怒られるのも、面白くない。

 右に左に、目に留まったものに近づいては離れていく。そしてまた次へ。

 ふらふらと柊は駅方面、商店街の入り口へと歩いて行く。


 さて、今日はどこまで行こうか。一昨日は公園まで、その前は隣町まで歩いて行った。いっそ思い切ってこのまま駅に行って電車に乗っていくのもいいかもしれない。ちょうど、近くまでなら往復できるくらいのお金は持ち合わせている。

 よし、電車だ。それでちょっくら隣の駅前でも見に行こう。

 そうと決まれば遅くならないうちに――


 と、そこまで考えた時、柊は視界の端に何か見慣れないものがチラチラと映っているのに気づいた。

 ぱっと首の向きを変え、それを真正面から見て、柊は驚いた。


「ドレ……ス……?」


 庶民御用達の商店街に、いかにも高級そうなドレス。

 赤く煌めくその衣をまとっているのは、見た目からして育ちの良さそうな女性。その整っている顔には、まだ幼さが垣間見える。

 さしずめ、童話の中のお姫様といった感じだ。

 商店街に現れたお姫様。なんてミスマッチなことだろう。

 だが、柊はこれを不思議だ、奇妙だと思うよりも、真っ先に、


「面白いなあ……!」


 と口に出すくらい感動していた。


 これだよこれ! こういうのだよ!


 柊のテンションは急上昇。彼はかつてない興奮に急かされるように、一気に期待を募らせた。

 お姫様は何やら右手に持った紙切れと店の看板とを交互に見比べて困った顔をしている。どこか店を探しているのだろうか。

 なら、何でも屋の出番じゃないか。

 そう思うと、がぜん、やる気が出てきた。

 柊は街の道案内や迷子の救済は率先して数多くこなしていた。これも、「道中で様々な話が聞けて面白いから」という理由なのだが。


 一体どこに何の用があって来たのだろう。

 わくわくが溢れそうになるのを堪えながら、彼はお姫様に近づいていった。

 足音に気がついたのか、お姫様が振り返り、一瞬だけ目が合った。


 その一瞬で、柊は確信した。


「何かお困りですか?」


 優しく声をかける一方で、


 ――何か面白いことが始まるぞ。


 彼の心のサイレンがけたたましく鳴り響いていた。

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