02 店主と少年アルバイト
某県に存在する
関東に位置するこの市は、東京へのアクセスもいい。そのため、多くの社会人が駅を囲むように建ち並ぶマンションのどれかに住んでいる。
そのおかげか、駅前は盛況で、今どき珍しく商店街が根強い人気を誇る。毎日、とまではいかないが、それなりに人で賑わう盛況ぶりだ。
商店街には様々な業種の店が軒を連ねる。
小さなスーパーや古着屋、靴屋に骨董品を扱う店。
そのほとんどが自営業で、店主はこぞって自分の名前を店名に入れている。
たとえば、駅から一番遠いところに店を構えているホームセンターの店名は『ホームセンター オギノ』だ。
店長は言うまでもなく荻野さん。萩野さんではない。
実は、そういう間違いが起きないようにたいていはカタカナになっている。
そして、店が数多くあれば、一風変わった店も存在するわけで。
その一つが、『何でも屋 ヒイラギ』だ。
商店街のちょうど真ん中あたりにあるこの店は、何でもとあるように、文字通り何でもやる店だ。
もちろん、可能な限りで、だが。
炊事、洗濯、掃除といった定番の家事をはじめ、犬の散歩に買い物、落とし物の捜索、はたまた一日自宅前警備まで、その依頼はまさに十人十色。
要は基本的に何でもありなのだ。
従業員は店長、そして、アルバイトが二人。
依頼は店頭に直接来るか、電話もしくはウェブ受付。そのため、店内には二人は常駐しているのが好ましいのだが、ご覧の雇用状況だ。同時に複数の依頼があれば、あっと言う間に人手不足に陥ってしまう。
しかし、幸いにも――店の利益的には全く逆なのだが――一日の依頼件数はそれほど多くない。
特別に依頼が多いのはもっぱら年末年始と年度末。大掃除や引越しの手伝いの依頼が一気に舞い込んでくるので、ある意味そこが一番の稼ぎ時とも言える。
それをもってしても、全くもってどう採算が合っているのかはわからないが、この店は10年も続いている。
一応、常連は数えられるぐらいはいる。
週一で犬の散歩を依頼する人、月一で家の掃除を依頼する人、年に一度依頼料に加えてお年玉をくれる人……。スパンに差こそあれ、定期利用をしてもらえているのはありがたいことだ。
ところで、この商店街の特徴「店名に店主の名前を入れる」にこの店も乗っかり、店主は柊さんだ。
しかし、店主である柊は基本的にあまり働かない。
じゃあ、一体依頼はどうするのかと言うと、
「コウベくん、今日の笹岡さん家の買い出しなんだけどさ」
「コウベじゃなくてカノトです! そして、またですか!」
「またってなんだい。またって。どっちのことだい? どっちも今週はまだ一回目だよ」
「そういうことじゃなくてですね……」
アルバイトの一人である、
コウベじゃなくてカノト。
初見でわかる人はそうそういないだろう。
そのため、今日までの桃弥の16年という人生の中で、このくだりは何度も発生した自己紹介の場面で繰り返されてきたのだが、これがなかなかにつらいものがある。
最近では、自分から「あ、俺、神戸って書いてカノトって読みます。はい、コウベって書くんですけど、コウベじゃないんです」と先手を打つようになった。
当然、バイトの面接でもしたのだが、柊はいまでもわざと間違えてくる。桃弥としては、いい加減、毎度ツッコむのも疲れてきて仕方がない。
桃弥は毅然とした態度で言い放つ。
「柊さんが受けた依頼なら、柊さんがやるべきです」
「えー、僕はちょっとやることがあってさ」
桃弥は、なら言ってみろ、と無言の視線を送った。
「明日の、準備、とか? あとほら……晩ご飯の支度、とか? そう! いろいろあるんだよ!」
――あんたはいつの間に主夫になったんだ!
「準備が必要なほど依頼はないし、それに柊さんほとんど外食じゃないですか!」
「さっきそういう気分になったんだよ! わからない? こういう感じ」
どうだか。桃弥はわざとらしく長めのため息をついた。晩ご飯って言ったって、もうゴールデンタイム真っ只中。準備するには遅すぎる。
とにかく、『何でも屋 ヒイラギ』の店主・
以前、桃弥が聞いた話では、齢18にしてこの何でも屋を始めたらしいのだが、この体たらくからして、そんな野心あふれる人には思えない。
桃弥がここにバイトをし始めて約三年が経つが、その間、柊が精力的に働きに出ていたのは、桃弥の記憶上、おそらく数えるほどしかない。
それ以外はたいていネットサーフィンしているか、テレビゲームをしているか、勝手に散歩に出て行方不明になっているかしている。改めて振り返ってみると、どうにも店長のツラをかぶったニートにしか思えない。桃弥は、よく三年も働いてきたなあ……と、なんだかしみじみしてしまった。
何とかして桃弥に仕事を押しつけたい(依頼者に失礼極まりない)柊は、
「とにかく、これは店長命令だから!」
と、ついに悪手・パワハラを発動した。
そのままものすごい勢いで、店の外へ出て行こうとする。
あまりの速さに桃弥はあっけに取られていたのだが、何か思いだしたのか、柊はドアの目の前でバッと振り返った。センサーが反応し、店のドアが開く。そして、流れ出す某コンビニのようなメロディ。
柊はしっかりと目を合わせてから、
「あと、僕はいまから夕飯の食材を買いに行くから!」
そう言い残し、店を出て行ってしまった。
取り残された桃弥はというと、
「それは依頼のついでに済ませばいいんじゃ……」
そうつぶやくも、もう手遅れなのだった。
店主が放置しようとも、一度承ったからには依頼をほったらかしにはできない。ドタキャンは一番やってはいけないのだ。
仕方なく桃弥は手早く身支度を済ませ、『ホームセンター オギノ』へと向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます