第1章 何でも屋へようこそ
01 お姫様の家出計画
目の前に広がる街並み。行き交う人、煌めく建物、そしてコンクリートロード。
大きな邸宅の中でしか過ごしてこなかった凜花にとって、『街』は物語の中にしかなかった。
しかし、これはもう現実の話。
私はいま、街にいる。そんな漠然とした、妙な実感が込み上げてきていた。
しっかりと覚悟を決めて家出をしたのだ。これからは、ここで暮らしていく。
決意を新たに歩き出した凜花だったが――
……行くって、どこに?
早々にこの家出の無計画さに気づいてしまった。
それもそのはず、いくら切望していたとはいえ、いきなりこうなってしまってはどうしようもない。家出のガイドブックなんてものは持ち合わせていないし、そもそもそんなものがあるのだろうか。少なくとも、家の書庫にはない代物だ。
とりあえず凜花は、思いついた順に整理していくことにした。
暮らしていくのには、まず寝泊まりする場所が必要だ。どれだけ長く居られるかはわからないが、まさかホテルでずっとなんてのはムリだろう。アパートかマンションか、この際だ、住めれば何でもいい(最低限のラインはあるが)。早急に見繕わなければならない。
それに、何かアルバイトなどを始めなくては。唯一の荷物の鞄にはいくらかお金があったが、それもいずれ底を尽きてしまう。もちろん、バイトの経験なんて一切ないのだが、そうは言っていられない。そもそも泊まるとこを決めるのにだって、お金がないと話にならない。
ああ、それよりも。服。服が要るじゃないか。誕生パーティーの会場からそのままで来たから、街中には不釣り合いなドレスのまま。いつまでもこんな目立つ格好でいたら怪しまれる。もうすでに手遅れな気もするが……しかし、肝心の着替えは持っていない。またお金がかかる未来が見えた。
それだけじゃない。いまごろ家は大騒ぎに違いない。家の者たちからすれば、ずっとおとなしかった一人娘が何の前触れもなく、しかも誕生日に家出をしたのだ。もう連れ戻すために人が派遣されているかもしれない。と言うことは、それに見つからないようにもしないといけない。
さて、どうしましょう……。
車から降りてわずか五分。期待に満ちたイケイケな気分は早くも低下し始め、万事休すかと思われたそのとき、凜花ははたと運転手の言葉を思い出した。
『鞄の中に、メモをひとつ入れさせてもらいました。ひとまずはそこへ向かうといいでしょう』
「そうだった……」
なんて馬鹿なことをしていたのだろう。街に見とれて一番大事なことを忘れかけてしまっていた。家とか服も大事だけれど、いまそれはさておきだ。
急いで鞄を開くと、中には財布や折りたたみ式の手鏡、小物を詰めたポーチなどが入っていて、メモは手鏡に挟まっていた。
メモには、『かざはら商店街 何でも屋 ヒイラギ』、そして、そこのものと思われる住所と電話番号が記されていた。
「『かざはら商店街』……あっ」
改めて上を見上げると、アーチ状の『かざはら商店街』の看板が目に留まった。ちょうどいまいる場所はその商店街の入り口のようだ。
しかし、何でも屋という言葉に聞き覚えはない。何でも、とあるけれど、一体どんな仕事をしているのだろう。凜花には全く想像がつかなかった。
ともあれ、『何でも屋』とやらが、この商店街にあるのは間違いなさそうだ。中を探せば絶対に見つけられる。
凜花は運転手の言葉通り、ひとまずはそこへ向かうことにした。
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