3駅 雨と嘘。

高層マンションとやらは、ものの見事に外の音を遮断する。


『あ。雨。』

ミズキはボソッと言った。

カーテンのない部屋。窓が雫で濡れるのもよく見える。

『ふぅん。』

とりあえず、軽く返事をした。

今俺は世界平和のために、あり得ないサイズのモンスターを狩ってるのだ。仲間も一緒になって動いてるのだから、俺だけが離脱するわけにはいかない。

『…雨、かぁ』

ミズキがまたボソッと言った。俺もそこまでバカではない。あぁ、そっかと、ミズキの望みに気が付いたけれど、画面の中は佳境。申し訳ないが、『そうかそうか。かまって欲しいのかい?』と言ってやるには間が悪い。


音はないくせに、湿った匂いだけがのっそり届き始めた部屋。洗濯物すらこの高さでは昔みたいに、 外に干さなくなった。だから慌てて取り込んだり、シトシトって音を聞いたりすることも、ない。


なくなった。


結構な感じで雨は降ってるようだけど、まるで音がないこの空間は、雨に外界を隠されて、なんだかふわふわ浮いてるんじゃないかって気がする。

窓からの景色で、地面を感じないから。


『俺。雨嫌い。』


だから、雨が嫌いだ。

怖いから。ここにいちゃいけない気がするから。


盛大に武器をふるう画面から、目を離さない俺の視界のはしっこで、ミズキの目がキランとした。あれは、何かを企んだ目だ。


『…それ、いつまでやる?』

『なに、今の?』

『うん。そのデカイやつ倒したら終わる?』

『えーまぁ‥』


曖昧な返事に、ミズキはニヤニヤとして後ろから俺の首筋にキスをした。

『じゃ。ちょっと行ってくる』

『どこに。』

『コンビニ。ビール買ってくる。』

『え、あるだろ。冷蔵庫に。』

『えーあーじゃぁ、朝のパン。』

『お前、朝食わないだろ。』

『そうだっけ?』

『は。なに、お前もう…』


言いかけて、ぐるっと目を一周。

あぁ、そっか。

そういうことね。


『…わかった。俺も行くわ』


申し訳ないけどこのモンスターさんは、どこかの国の誰かに任せよう。今度会ったら怒られるかもしれないけど。


だって俺、こっちの方が大事なもんで。


にぃっと頬をあげたあと、ミズキはサンダルに足を入れて玄関で待っていた。

俺とおそろいの。

持ってる傘は、一つ。


『ねぇ。私アイス食べたい。』

エレベーターが下りる途中、減ってく数字を見ながら言うから、

『ハーゲンダッツ。あのね、ハニーアンドミルク』

『ビールじゃねーのかよ。』

『うん。絶対ハーゲンダッツ。』

『しゃーねーなぁ。』


一個の傘に寄り添って、コンビニを目指す。

雨が怖いから。音がないのに濡れていく景色は、とんでもない浮遊感で。

モンスターを狩っても狩っても、ミズキがこそこそと部屋の中で何か企んで仕掛けていても、世界中に俺は一人みたいな気持ちになるから。


『足、べちゃべちゃになっちゃった。』

『なんで雨の日に、サンダル履くんだよ』

『だって、おそろいだから。』

『バカじゃねぇの。』


傘が大きめでも、大人二人には狭い。

肩寄せあっても、お互いの肩は濡れる。

でも、俺は今一人ではない。

『あるかなぁ。ハニーアンドミルク。』

濡れた冷えた足で、アイスなんで気分吹っ飛んだだろうに、くふくふ笑いながらミズキは俺に肩を寄せる。


俺は知ってる。

ハニーアンドミルクは、期間限定だ。

今はもう、どこのコンビニにもない。


『絶対食べたいなぁ。見つかるまで探そうね』

雨も今なら、怖くない。


相合傘で、歩きましょう。

俺が好きだと、嘘が言うから。



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