第47話 銀閣

 仁樹と舞は二人で銀閣寺を観光することになった。

 舞は自分がブレザーにチェックのスカートの制服姿だということを思い出し、フェラーリの座席の背に放り出されていたスイングトップ・ジャケットを手に取ってブレザーと着替える。

 体格の似通った仁樹のジャケットはサイズも合っていて、ちょっとは私服っぽい姿になった。

 修学旅行や京都ツアーの定番となっている観光スポットは、参詣というより寺の中に設けられた見学コースを巡回するといった感じだった。


 露店がいくつも立ち並ぶ寺の境内を歩いていると、向こうから修学旅行の一団がやってくる。

 制服が似ていたので、同じクラスの子かと思って舞は身構えたが、良く見ると色違いの制服で、生徒たちも東北訛り、別の学校らしい。

 舞は修学旅行の前に紙とファイルで配布されたしおりがあることを思い出し、携帯を取り出す。しおりを見てみたところ、予定では一日目に京都市街を観光し、二日目は近隣の寺社、三日目に奈良を観光した後に東京への帰途につく予定になっている。

 もう行くことの無い修学旅行。自ら拒んだ予定表。舞は横を見た。仁樹は銀閣と呼ばれる慈照寺と、門前の駐車場に停めたフェラーリを交互に見ていた。


 どちらが美しい造形を宿しているかを迷っているようにも、足利義政の愛した銀閣よりも自分のフェラーリがカッコいいことを再確認しているようにも見える。どこに行っても変わらない仁樹の姿に舞の頬が緩んだ。

 私は楽しい旅行をするために今こうしている。難しい考え事なんて似合わない。そう思った舞は仁樹の手を引き、銀閣寺の名物の一つ、京都スイーツを楽しむべく、屋台の一つに足を進めた。


 境内で抹茶と雪餅を味わい、銀閣と庭園の周遊を楽しんだ舞と仁樹は駐車場に停めたフェラーリに戻る。

 一度フェラーリに乗り込もうとした仁樹は、助手席に手を伸ばしてグローブボックスを開き、手を突っ込んでデジカメを取り出す。

 銀閣の前に真っ赤なフェラーリという奇妙な構図。都合よく銀閣とフェラーリの間には邪魔な他車が無い。何枚か撮った仁樹は、呆れたように見ている舞を見て言った。

「フェラーリの前に立ってくれ」


 舞は入学式の時に、仁樹に写真を撮られたことがあった。その時はどうせ姉や妹のオマケ扱いと思い、渋々ながら撮影に付き合ってやったが、今は素直に、仁樹に撮って貰うのが面白そうだと思った。 

 言われた通りフェラーリに寄りかかり、ポーズなどもつけてみる。仁樹は銀閣、フェラーリ、舞の三つの被写体の収まった風景を何度も写真に撮る。

 撮影はすぐに終わり、仁樹は舞に「行くぞ」とだけ言ってフェラーリに乗りこむ。

 舞も助手席に滑り込み、今ではスムーズに着脱できるようになった競技用シートベルトを締めた。

 

 それから舞と仁樹は、竜安寺、清水寺、仁和寺を回る。金閣寺に来た時は、フェラーリの停め場所を何度も変えた仁樹は今までより多くの写真を撮っていた。

 午前中に高速道路をブっ飛ばし、昼から始めた観光が一段落ついた頃、京都の陽が暮れてきた。太陽の下では生命力に溢れた赤いフェラーリのボディが、夜の灯りで妖しく輝く。


 京都市街に戻り、大通りを流すフェラーリの中で、舞はさっきから気になっていたことを聞いた。

「ねぇ、今夜どこに泊まるの?」

 フェラーリは小路へと入る、ホテルというより連れ込み宿と言ったほうがいい古めかしい旅館が並ぶ一帯にフェラーリサウンドを響かせながら、仁樹は答えた。

「もう決めている」

 舞は黙って俯き、体を強張らせた。

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