第46話 古都
修学旅行への合流を拒んだ舞を乗せ、フェラーリは走り出した。
仁樹はただ一言、これから修学旅行に行くと言う。
舞は不安だった。仁樹は真理の望んだ事は可能な限り実行しようとする。末っ子のまるにも舞の目から見ればなんだか甘い。でも、このフェラーリ以外に感情を抱かぬ男は、舞に何もしようとしない。
修学旅行に遅刻した舞を京都まで送り届けたのも、同じことをしようとした病み上がりの真理を気遣ったものだと思っていた。
真理は以前からクラスに馴染めぬ舞を心配し、学校行事には出るように言っていた。真理の言う事を無条件で聞く仁樹がこれから何をするのか、舞は推測しようとしたが、普段から何を考えてるのかわかわない男の行動なんてわからない。
可能性があるとすれば、これから新幹線からバスに乗り換え、京都市内を観光しようとする舞の同級生をフェラーリで追いかけ、舞の腕を引いて強制的に参加させることぐらい。
真理はそうするだろうし、仁樹が真理の望みを違えることは無い。舞もそうなってしまったらしょうがないと思っていた。もしも舞の父が生きていたら、あの逞しい腕で同級生の中に放り込むくらいはするだろう。
でも、仁樹にはそうしてほしくないと思った。
クラスの同級生とうまくいっていない舞は、仁樹に同類の匂いを感じていた。集団に馴染めぬ舞は、そんな事などこれっぽっちも考えてないであろう仁樹に、自分がこれからどうやって生きていけばいいかの答えを求めていた。
好感とは違う。自分が入ったら明らかに焼死するような火の中に、仁樹を先に蹴り込んでどれくらい火傷するのかを確かめたい気分。
その結果らしき物が、自分の横でフェラーリを運転している仁樹の姿だろうか。孤独で未完全で空虚、でも、何が起きても変わることのない無表情に、舞は寂しさや哀れみは感じなかった。現在の彼が満たされているようにさえ見える。
最初に抗議の声を発したきり、黙って横顔を見つめ続ける舞を意に介さぬ様子で、仁樹は京都の街でフェラーリを走らせる。地元では旧市電と言われる市の中心部を抜け。緑が豊かな京都市郊外に入った。
市街から東山に向かって走ったフェラーリは、ある寺社に着く。
観光バスに対応した広い駐車場の一角にフェラーリを停めた仁樹は、シートベルトを外しながら言う。
「ここは東山慈照寺。銀閣寺と言われている場所だ」
それだけ言ってドアを開け、外に出る仁樹、舞は慌ててシートベルトを外し、フェラーリから出た。
そのまま勝手に歩いていく仁樹を追いながら、舞はやっと理解した。これから二人の修学旅行が始まることを。
舞が修学旅行に参加することを望んだ真理と、クラスの皆と旅行するのがどうしてもイヤだった舞、仁樹はフェラーリという普通の車には出来ないことが出来る車で、二人の望みを同時に適えようとしている。
駐車場の砂利で転びそうになりながら、舞は仁樹の背を追いかけた。どうやらこれから京都観光をすることになるんだろうけど、そのパートナーとして仁樹はすこぶる問題があると思った。
仁樹は舞にどこに行けとも、、何をしろとも言わず、ただ一方的に決めた場所に行く。舞はそれを追いかけるのみ。追わずフェラーリで待っているという選択もあるんだろう。
分単位で予定が決められ、バスの降り方さえ指示される同級生との修学旅行とどっちがマシかを考えた。少なくともあっちは、道順や参詣のマナー等で迷ったら、決められたことをすればいい。
前を歩いていた仁樹が、寺の入り口を探して左右を見ていた。追いついた舞は、引率者としては非常に頼りない仁樹の袖を引っ張り、山門に向かって歩き出した。
道に迷うことすら許されない。全てを決められた旅行をする同級生よりもずっと面白い旅をしてやろうと思った。
誰も自分に何かをしろとは言わないなら、好きなことをすればいい。
舞は仁樹の袖を掴んでいた手を離し、仁樹の手を握った。
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