第45話 二人の旅

 舞はフェラーリの助手席に座り、仁樹に言った。

「修学旅行、行くのやめる」

 舞を修学旅行に合流させた後は走りに行くと言っていた仁樹は、一度集合場所に行きながらも引き換えしてきた舞を待っていてくれた。

 時間にして五分足らず。単に一休みしていたのか、それとも地図でも見ようとしていたのか、どちらにせよ、舞は馴染めない同級生の中に入っていくよりも、よっぽど居心地のいい場所に帰ってくることが出来た。

 仁樹はついさっき500kmを走り、舞を京都駅前に下ろした時と変わることのない姿勢で、助手席に行儀よく座る舞を見ている。表情は変わらない。いつも舞に違和感を与え、時に恐れさせるガラス玉のような目は、今の舞にはぬいぐるみの目のように安心を感じさせるものだった。


 仁樹が口を開く。

「俺のすることは、お前を修学旅行に連れて行くことだ」

 舞は食ってかかるように返答する。

「行きたくないんだからしょうがないじゃない!皆で制服着て旗とか持って観光とか馬鹿じゃない!一緒のホテルで同じお風呂に入って枕投げとか、絶対にイヤ!」

 学校のクラスという集団にうまく馴染めない舞の、八つ当たりのような言葉。なぜか舞は、この何の感情も無い男には安心してぶつけられると思った

 同級生より発育が早く、やや老け顔の舞は、以前から彼女を見る周囲の目が疎ましかった。この修学旅行を経験すれば、同級生との距離が以前より近くなることで、そんな違和感は無くなると思っていた。でも、いざ目の前にその機会が訪れた時、舞は逃げてしまった。仁樹のフェラーリの中に逃げ込んでしまった。


 舞にとって好感を抱くには程遠い男の仁樹と、新幹線よりもうるさく乗り心地も悪く、その上危険なフェラーリが恋しくなった。

 仁樹は舞を見る。舞はこのフェラーリを基準にした正論しか言わない男が何を言うのか、その言葉を聞き逃さぬよう正面から直視した。心の中では仁樹が何を言ってくれるのか楽しみにしていた。

「修学旅行に行かなくてはいけない」

 舞は少し失望する。十代の頃からからバイクに乗り、フェラーリに乗り、どうやら普通ではない学生生活を過ごした仁樹は、何か普通ではないことを言い出すのかと期待していた。たった今、自分が普通の人間になるには色々と足りない人間だということを知らされた舞を、何かしら導いてくれるのではないかと期待していた。


 仁樹は言ったのはあたりまえ過ぎる言葉。舞はこの同居人が自分たち三姉妹の益になる存在だとは思ってなかったが、もし、彼が保護者

と言える者なら考えるであろう事。

 修学旅行に参加する。授業や他の行事と同じで、やらなきゃいけない事。普通の人間になるため、近づくためには得なくてはいけない集団への適応と団体行動。

 それでも舞はフェラーリから降りたくなかった。縋るような目で仁樹を見る。仁樹がまた口を開く。

「じゃあ、行こう」


 仁樹はそれだけ言って、フェラーリのシフトレバーを一速に入れた。周囲を鋭い目で見た後、フェラーリを路肩から発進させる。

 舞は慌ててシートベルトを締めながら仁樹に言った。

「ちょっとあんた!どこ連れてく気よ!」

 仁樹は昼の混雑が始まった京都市内をフェラーリで走りながら言う。

「俺とお前で修学旅行に行くんだ、これから」

 京都の街にフェラーリサウンドを響かせながら、舞と仁樹、二人の修学旅行が始まった。

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