第14話 夕飯前

 仁樹の運転するフェラーリで登校した舞は授業を終え、いつも通り路線バスで帰途に着いた。

 周囲のクラスメイトは帰りもあのオトコに迎えに来てもらえばいいと囃し立てたが、舞が物凄く不機嫌になるのを見て退散する。 

 とはいえあの五千万円は下らぬ車に乗った男と舞の関係についてまだまだ聞きたい様子の同級生を見て、舞は気まぐれなフェラーリ通学が随分高くついたもんだと後悔させられた。

 この損失を取り戻すべく、要するにからかわれた逆恨みの腹いせに今夜はあの男の過去をほじくりかえしてやろうと思った舞は、この家に越してきて初めて、仁樹が同席する夕食の時間を楽しみにしていた。

 回り道をするため時間がかかるが、学園前から自宅近くのバス停まで乗り換え無しで行ける便利なバスに乗りながら、舞は鈍重なバスには往路のフェラーリで味わったような刺激が無いことに気付いた。やっぱりバスのほうが安全でいい、と自分に言い聞かせる。

 

 バスを降りて少し歩くと家が近づいてきた。一階を占めるガレージのシャッターは締め切られている。

 もうあの男は帰っているのかと思い、舞はシャッターに顔を近づけた。中から物音らしきものは聞こえない。

 彼がガレージに居ようと居まいと自分には関係ないと思った舞は、シャッターを軽く爪先で蹴り、ガレージ脇の外階段を駆け昇って二階の玄関から家に入った。

 室内の階段を昇って三階のリビングに入ると、妹のまるはもう帰っていた。

 中等部制服のままソファに寝っ転がってテレビを見てるまるは、振り返りもせず言う。

「おかえり~」

 まるの腹の上に通学カバンを放り出しながら、舞はまるに聞いてみた。

「真理姉ぇは?」

「知らない」

 大学の時間割や姉の予定までまるが知ってるわけないし、まるは元々二人の姉の予定にはあまり興味を持たない。そういえばまるは、いつも一人で遊ぶのが好きだったと思った舞は、もう一つ答えを期待していない問いを寄こしてみた。

「それから、その、あの、アイツは」

 テレビを見ながら舞に応対していたまるが、ソファの上で寝返りを打って舞のほうを向きながら答える。

「お兄ちゃん?さっきフェラーリでちょっと走りに出かけたよ。夕飯までには帰るって」

 まるの意外な答えに舞は少し噛み付いた。

「あんた何でそんなこと知ってんのよ?」

「聞いたからに決まってんじゃん、お兄ちゃんは聞いたら教えてくれるよ」 

 舞の顔を見てニヤニヤしながら答えるまる。何か勘違いされたと思った舞は、その誤解だけは訂正した。

「別に興味なんて無いけど、夕飯の時にあいつに言いたいことがあるから聞いただけ」

「ふーん」

 まるはそのままもう一回ソファの上で寝返りを打って、テレビを見ながら居眠りを始めた。

 舞は妹が風邪でもひいたらいけないと思ったが、なんだか今のまるに毛布か何かをかけてやろうって気にはならなかったので、脱ぎ捨てた自分の制服を被せた。

 下着姿のまま二階の自室まで行って部屋着のデニムとスウェットを着ていると、姉の真理が買物袋を下げて帰ってきた。

 

 帰ってすぐに夕飯の支度を始めた真理の料理が出来上がる頃、外からフェラーリの音が聞こえた。

 車の音じゃなくフェラーリの音、と耳が自然に区別するほどの異質な音源は、いつも通り家の一階へと入っていく気配がした後に停止した。

 ソファで掛け布団代わりの脱ぎ捨てた制服に埋もれて寝ていたまるがガバっと起き上がる。

「お兄ちゃんが帰ってきた!」

 夕飯のトンカツを揚げていた真理は料理の手を早めた。

「仁樹さんは揚げて少し時間が経ったものが好きだったわね」

 舞は今でもあの男が姉妹の夕食に居座ることを良く思っていない。だけど今日は些細な事ながら用と言えるものがある。複雑な気分で彼が一階ガレージを出て、階段を昇ってくる音が聞こえるのを待った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る