第13話 過去
半ば気まぐれ、半ば仁樹に対する精神的優位を得る目的で、フェラーリに乗って登校した舞は、校門を入った途端同級生に取り囲まれた。
入学式から数日。静岡から都下の学園にやってきた舞は、内部進学生がグループを作るクラスの中でもそこそこ溶け込んでいて、顔見知り程度の関係になったクラスメイトは何人か居たが、まだ喋ったことすら無い同級生や、違うクラスのバッジをつけた生徒までもが舞に色々聞いてくる。
最も多かった問いは「彼氏?」
フェラーリで朝帰り登校というのは良くも悪くもハクがつくとは思ったが、そういう形で注目を受けるのは御免だと思っていた舞は即座に否定した。
聞かれるのは主に、真っ赤なボディとやかましい音で視覚、聴覚的にインパクトのある奇怪な車についての質問。
フェラーリについて幾らかでも知っているらしき男子の同級生が聞いてくる。
「あんなクラシックカーどこの博物館から持ち出して来たんだよ?」
フェラーリという話題のとっかかりがあるとはいえ、馴れ馴れしい口の聞き方に不快を覚えた舞は一言で返す。
「さぁね」
色々と面倒くさくなった舞は、あのフェラーリで舞を送り届けた男について簡潔に説明した。
「死んだパパの商売仲間で、偶然会ったから学校まで送ってもらった」
舞とある程度話すようになったクラスメイトなら、舞の父親が一年ほど前に死んだことは知っている。舞も特に隠しては居ない。
舞を取り巻く生徒たちの間に、それ以上聞きにくい話題という空気が流れ、とりあえず尋問の時間は一段落した。
舞は自分を腫れ物扱いするクラスメイトとその人間関係が少し疎ましくなった。なぜか仁樹のことを思い出す。覚えている限り彼が舞と真理、まるに対して気遣いや遠慮をした記憶は無い。
何でこんな時にあんな奴の話を、と思いながら舞は廊下を歩いた。バスで四十分以上かかる通学経路をフェラーリで十分足らずで来たおかげで、始業までにはまだ時間がある。
早めに来て自習をしている生徒も何人か居るだろうし、今日は余った時間を授業の予習でもして過ごそうと思っていた舞は、背後から声をかけられた。
「安藤!」
舞が振り返ると、そこに居たのはジャージ姿の女性教師。
一般授業が始まってまだ数日、二度ほど顔を合わせただけの体育教師が舞を呼び止めている。
「何でしょうか?」
体育教師は舞に必要以上に近づいてきた。最初の一言を迷っているような感じ。顔合わせ的な最初の授業でも、舞の印象ではどもり気味で話下手な教師だった。
「安藤、その、あのフェラーリは、何だ?」
舞は同級生に説明した内容をもう一度繰り返した。あれは亡父の友人が乗っている車で、偶然会っただけで自分もよく知らないという事。
「そういう事じゃないんだ、あのフェラーリ、運転してたのは、羅宇屋だろ?何で、何でアイツが四っ輪なんかに乗ってるんだ!」
いきなりまくしたてられ、問いの内容が頭に入ってこない、舞はわからない、という返答を繰り返した。フェラーリに関しては出会った時にもう乗ってたと答える。
舞の曖昧で不明瞭な答えに、なぜか体育教師は妙な納得をしたように何度も頷き、それから舞の手をしっかりと握った。
「安藤、羅宇屋はいい奴だ!ちょっと不器用なところもあるけど本当にいい奴だ!頼むぞ!くれぐれも頼むぞ!」
舞ははいともいいえとも言わず、とりあえず不可解なことを言う体育教師から退散した。
小走りに教室へ急ぐ舞の耳に、その教師の独り言が聞こえた。
「いい奴なんだ、いい奴なんだけどちょっと女難の気があるんだ、あいつは」
朝から色々な事がありすぎて、授業を若干上の空で受けた舞は、一つ決めた。
今日は帰ったら、あいつの過去について色々聞き出してやろうと。
あの仁樹という男がどんな経歴だろうと、いずれ追い出す男、舞には興味無かったが、これから三年間の付き合いになる体育教師は仁樹の過去について何かを知っているらしい。
向こうの知っている事をこっちが知らないままだとコミュニケーションに差し支える。これは学校生活における利害に係わることだと思った。
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