第32話 ナイトラン

 シボレーに乗った藤巳は木々に囲まれた自分の寮を出て、曲がりくねった道を島の外周へと向かった。

 道のあちこちにある独立した寮には灯りがついているのを見て、まだ夜の早い時間だということに気付く。

 腕時計の類は持ってないが、シボレーのダッシュボードに付いている時計も合っているのかわからない。今度学園の時計と合わせようか、それとも寮の外に出てバーベキューなどしてる女子生徒にでも時間を聞こうかと思ったが、自分がクラスの中でも歓迎されていない新入生だということを思い出し、そのまま学生寮区画を通過した。

 寮の外に出ていた何人かの女子生徒は、目の前を通るドラゴンに気付いたが、それが藤巳のシボレーだとわかると目をそらす。

 藤巳は学園のある島と外の塩湖を隔てる塀まで達した。塀沿いに少し走ると切れ目のような門が見つかる。藤巳は門を経由して外に出た。

 

 夜の塩湖は夕べ走った時と同じ星空だった。

 地球上のどんな場所よりも明るい星雲で照らされ、銀色の塩湖がどこまでも広がっている。

 藤巳はアクセルを踏みながら、バックミラー越しに星を見て、帰る方角のの見当をつけたが、どれほど当てになるかわからない。それよりも今はシボレーで思うまま走りたかった。

 不思議な世界にやってきて、奇妙な学園に入学した藤巳は、色々な不自由と引き換えにガソリンも補修備品もいらないシボレーで走る自由を得た。

 それが現実か幻かなんてわからないが、アクセルを踏むごとに高まっていくシボレーのエンジン音と振動、体を押し付ける加速は、確かに存在する。

 藤巳はしばらく我を忘れてシボレーを走らせた。自分自身が浄化されていくように感じる。

 直線もカーブも無い塩湖の平面で速度を限界まで上げ、ハンドルを切って自在にコーナリングし、シボレーのリアタイヤを滑らせて何回転もさせる。

 このシボレーを作ったというアリゾナの博物館職員は、理想的な性能を目指して幾度もエンジンと足回りの調律を重ねたという。

 シボレーを譲り受けた藤巳もセッティングに関しては同じ博物館で働く仲間と試行錯誤を繰り返していたが、今の状態はこの塩湖に合わせたかのように完璧。

 途方も無いパワーを持ちながら、トラックの車体ゆえに空気抵抗の悪さやフロント寄りの重いボディ等の欠点もあったシボレーも、ここならばどんな車より速く走れる気がする。

 いくら走らせてもガソリンメーターは満タンのまま動かず、攻めて走らせると数時間で劣化し始めるタイヤやブレーキも新品の慣らしを終えた直後の状態を維持している。

 ただシボレーを走らせることを楽しんでいた藤巳が、そろそろ学園と学生寮のある島に帰ろうとしたところ、バックミラーに二つの光が見えた。


 星ではない、東京やアリゾナに居た頃に散々見た物を見間違うはずは無い。ハロゲンのヘッドライト。

 藤巳は最高速にだいぶ余裕のある速度でクルージングさせていたシボレーのアクセルを緩めた。後ろから近づいて来るヘッドライトの主に見えるかどうかと思いながらブレーキを踏み、後部のブレーキランプを点滅させる。

 それから藤巳はステアリングを切り、ステッキタイプのハンドブレーキレバーを引き、シボレーをスピンターンさせた。

 こちらに近づいて来るヘッドライトの光に向かってシボレーを走らせる。向こうは結構なスピードを出しているらしい。

 光はだんだん大きくなり、藤巳のシボレーの横を通り過ぎた。藤巳はシボレーをもう一度ターンさせて、赤いテールランプを追いかける。

 あちらはすれ違ってから速度を落としたらしく、すぐに追いつく。知っているドラゴン。

 星空の下でもわかる濃緑色のボディ。美しい曲線。

 夜の塩湖で、藤巳はコーギーのジャガー・タイプEに出会った。

 教室で隣席のコーギーと昼に交わした会話を思い出す。

 藤巳はジャガーの魅力の一つとして、その素晴らしいコノリーレザーシートを挙げ、それを表現するため言った。夜中に素っ裸で運転すると最高だ。

 左ハンドルのシボレーに乗る藤巳がジャガーに並び、横を見ると、すぐ近くに右ハンドルのジャガーに乗ったコーギーの姿。

 コーギーは昼に言っていた通り、さっそく今夜それを試してみることにしたら

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