第31話 夜

 藤巳は女子生徒たちから幽霊屋敷と呼ばれている寮に落ち着いた。

 とりあえずメイドのトミカに部屋の使い方を教えてもらう。照明も給水や給湯、調理の設備まであるが、それらは魔法という合言葉で作動する装置だということはわかった。

 部屋は広く、家具類もアリゾナのモーテルなら高級な部類に属するものが使われている。空調と冷蔵庫、温水のバス、シャワーがあって、藤巳はこれでカラーテレビがあれば自分には縁の無かった最高級モーテル並みだと思った。

 藤巳はアリゾナに来てしばらく滞在した水のシャワーしか無いモーテルを思い出した。少なくともここは氷を買いに行く必要は無いらしい。

 レベルとコーギーは、藤巳がこの他の寮から離れた不気味な部屋に泊まることをひどく心配し、最初の夜は寂しくなるから今夜はここに泊まると言い張っていたが、ブラーゴに半ば強引に促され渋々帰っていった。 


 皆が表に停めたドラゴンに乗って走り去った後、一人になった藤巳は、トミカから教わった家事の魔法をもう一度使ってみる。

 各々の用に合わせた単語を正確に発音すれば魔法は発動し、多大な魔力が必要な転移魔法などは語学を一つ習得するほどのスキルが必要だが、家事程度の魔法は子供でも出来るらしい。

 藤巳はとりあえず服を脱ぎ、大理石のような素材で出来たバスルームに入る、帰り際のブラーゴが投げつけるように与えてくれた、単語カードのような初歩魔法の帳面をめくった。英語を覚え始めた頃を思い出し給湯の呪文を読み上げた。

 発音を変えて何度か繰り返していると、シャワーからお湯が出てきた。藤巳は昼に風呂に入ったことを思い出し、シャワーを短めに済ませて他の魔法を試みる。

 それらの作業と習得を繰り返しているうちに、部屋にあるものは概ね使えるようになった。藤巳が以前暮らしてたアリゾナや日本の部屋に比べて、便利な部分もあり、手順が多く面倒な部分もありといったところ。

 冷蔵庫の役を果たしているらしき石棺のような箱を開けると、食料が入っていた。

 何の肉かわからない肉や何の野菜かわからない野菜。中身がわからない瓶詰めなど、見覚えはあるけどそれが何かはわからない物。

 藤巳が手を突っ込むと、一つの石棺の中は何も区切られて無いのに、冷たい食料と温かい食料、それから氷が同居している。とりあえず温かいパンと冷たいハム、チーズ、飲み物の瓶を取り出した。

 パンにハムとチーズを挟み、スパークリングワインらしき物を瓶から直接飲みながらサンドイッチを食った藤巳は、眠気を覚えてベッドに寝転がった。

 マットレスの中身や素材はわからないが寝心地はよく、シーツもいい香りがする。窓の外を見るとまだ夕方のようだったが、色々な事が起こり過ぎて疲れていたらしく、そのまま眠ってしまった。

 

 昼寝といってもいい時間に眠った藤巳は目を覚ました。

 以前事故を起こした時の車両炎上で熱を持った時計に手首を焼き切られそうになって以来、腕時計というものを持っていない藤巳には時間はわからなかったが、あまり長く眠らなかったことはわかる。

 シャワーと軽い食事、短い眠りで疲れは取れたが、そうなるとやることが無い。

 裸のまま眠っていた藤巳はジーンズとシャツを手に取り、さっき覚えたばかりの洗濯の魔法というものをかけて身につける。

 ジャケットを着た藤巳は外に出た。木々に囲まれた寮は真上を見上げなくては空が見えなかったが、夕べと同じく夜の空は明るい星で満たされてるのがわかる。

 藤巳はシボレーに乗りこみ、エンジンをかけた。

 この世界では意味があるのかわからない暖気運転をする。エンジンが壊れてもすぐに直る世界だけど、運転する人間の暖気も必要。

 何もすることが無くなった夜。藤巳は昼に散々乗ったシボレーで走りに行くことにした。

 東京に居た時もアリゾナで働き始めてからも、一般車が減り、パトカーが一部を残して居なくなる夜の時間は、車好きと呼ばれる人たちを惑わす時間だった。

 走りに行くのはいつも夜、それはこの魔法の世界に来ても変わらない。

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