第30話 入寮
ポケール・ドラゴンスクールの新入生として寮に入ることとなった藤巳は、学園でメイドとして働く勤労学生のトミカと共に、彼にあてがわれた427号室へと向かうことになった。
藤巳はシボレーに乗ってトミカのホンダ・シビックについていく。藤巳を指導するナビの役割を負ったブラーゴとトミカ、隣席の友達コーギーもついてきたが、普段は先を争うように走るブラーゴやコーギーが、藤巳の後ろで距離を取っている。
藤巳の傍を離れたがらないレベルはミラーでは見えないほどの最後尾。先導するトミカも、後ろの三人もその427号室に行くのは気が進まない様子。
藤巳はといえば自分のシボレーのエンジン排気量427キュービックインチと同じ数字で、忘れることが無さそうな部屋番号を気に入っていた。
藤巳の感覚ではロスのディズニーランドほどの広さのある学園の島。中央の丘の上にある校舎から坂を降りた五台の車列は、裾野を四つに分けられた区域の一つ、学生寮地区に入る。
豊富な緑の中を曲がりくねった道が縦横に張り巡らされ、あちこちに独立した家屋の形を成した部屋がある、日本にあるコテージタイプのラブホテルのような区域の隅へとシビックは走っていく。
学生寮地区の隣は森林となっていて、生徒が散策や行楽を楽しむ場所だという。シビックは学生寮地区の中でも森林地区に深く入り込んだあたりでブレーキランプを点灯させ、停まった。
道は行き止まりとなり、数台のドラゴンを置くことができるスペースとなっている。その奥にあるのが藤巳がこれから暮らす427号室。
シビックの隣にシボレーを停めた藤巳は、女子たちの不自然な態度について納得した。
行き止まりの家は、妙に規格化されたように大きさや形が似通った他の寮より大きかった。
周りをクヌギかイチョウのような木に囲まれていて、昼なお暗い中に聳え立っている石造りの寮は、蔦で覆い尽くされていた。
シビックを降りたトミカが何度も周りを見回しながら蔦の屋敷に近づき、分厚い木戸の鍵穴に鍵を差す。
木戸の隣には、他の多くの寮もそうであるように大型の巻き上げ戸があって、ここもドラゴンごと中に入る構造になっている。
戸は軋み音を発てて開いた。中を見回したトミカは藤巳を手招きする。誘うというより早く来てほしいという切迫した仕草。
藤巳はシボレーを出てトミカの後ろから寮に入った。寮から離れていたところにドラゴンを停めていたブラーゴ、コーギー、レベルも互いの顔を見合わせて寮に近づいて来る。
どこかに止まっていたカラスが不気味な声を上げて鳴く。ブラーゴはその場で飛び上がって短い悲鳴を上げたが、虚勢を張るように歩いてくる。コーギーとレベルはその背中に張り付くようにしていた。
部屋の中は外見ほど不気味では無かった。
先に部屋に入ったトミカが天井に手をかざすと、灯りが点く。
日本的にいえば十二畳ほどのリビングに、ドラゴンを停める石敷きのスペースがある。
家具も豪華とはいえないものながら一通り揃っていて埃もついてない。キッチンや大理石に似た素材で出来たバスとトイレ、暖炉もあった。
「綺麗なとこだな、誰か使ってたのか?」
トミカが室内のあちこちを点検しながら答える。
「学園のメイドが交代で掃除しているんです。くじ引きで負けた人が」
トミカは最後の一言が余計だったかと思って口を押さえた。
おっかなびっくり入ってきた三人は、落ち着かない様子で室内を見回している。ブラーゴが言った。
「先輩に聞いたことあるわ、ここは死んだ生徒の幽霊が出るって」
コーギーは無垢の木が張られた床を何度も踏みながら言う。
「わたしは毎晩部屋が揺れるって聞いたわ」
レベルは部屋に入るなり藤巳に駆け寄ってきた。上着の端を掴みながら言う。
「トーミ、ここは怖い。こんなとこに住んだらトーミが一つ目の化け物になる」
皆が口を揃えてあまり好意的でない感想を述べる中、藤巳は窓を開けて外を眺めながら言った
「いいとこだな」
藤巳自身信じていない怪談の類はともかく、女子たちが恐れる暗く鬱蒼とした雰囲気が藤巳は嫌いじゃなかった。
他の女子の寮は周りに何も無く、人やドラゴンが行き交う様がよく見える、寮暮らしに付き物の一人暮らしの寂しさを和らげる配置だったが、藤巳は人の声より、周りを囲う木々の音のほうが好きだった。
藤巳が男の子っぽく強がってるのかと思ったのか、トミカが助け舟を出す。
「表の蔦は週末にでも人を集めて焼き払います、あとは周りの木を切り倒せば少しはいい雰囲気になるでしょう」
藤巳は首を振って言う。
「このままでいいよ」
屋敷を覆う蔦も、それが夏涼しく冬は暖かい最良の断熱材だということは父が持っていた別荘で経験している。
何より気に入ったのは、この寮が他の寮や建物から離れ、隔絶された構造だということ。
夜中に急に走りたくなった時、V8のエンジン音が聞きたくなった時、寮の周りの道を飛ばせば気晴らしになりそうだし、アクセルを吹かす音は周囲の木々が吸収してくれる。
藤巳が日本に居た頃、高性能車を所有する人たちが受ける制約の中で、最も大きい物の一つは住環境だった。
仕事や家庭の事情で郊外から市街地に引っ越したのを機に、音量の大きい改造車を大人しい車に買い換えさせられた奴は何人も居て、電動工具さえ使えない賃貸暮らしの不自由を嘆く奴も多い。
それらの事情を考えれば、ここは藤巳にとって悪くない、むしろ最良に近い環境。女子たちは信じられないような顔で見ている。
ブラーゴは呆れたように言う
「幽霊に呪い殺されないように気をつけることね、死んだら色々面倒なんだから」
コーギーは藤巳の手を取って言った。
「トーミくん、寂しくなったらいつでもウチに来ていいよ」
レベルが張り合うように藤巳に頭をこすりつけてくる
「トーミ、きょうはわたしが一緒に寝てあげる」
藤巳は、彼を指導するお姉さまとして少し過保護な心配をしてくれるレベルとコーギーに感謝しながら、基本的に放置放任するブラーゴのほうが、日本に居る実の姉に似ていると思った。
とりあえず藤巳は、トミカに部屋の照明や風呂、台所の使い方について聞くことにした。
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