第29話 放課後

 ドラゴンに選ばれた少女たちがドラゴンドライブを学ぶポケール・ドラゴンスクール。

 授業と終業のホームルームが終わり、各々の生徒が放課後の予定を話し合いながら帰り支度をする昼下がり。

 唯一の男子学生である藤巳は、車をドラゴンと呼ぶこの世界に来てから数多く抱いた疑問のうちの幾つかを解決する必要に迫られた。

 シボレーのトラックに乗ってこの世界にやってた藤巳は、アンチモニー校長によって学園の男子生徒トーミとして迎え入れられたが、現状は一文無しの宿無し。

 夕べは校長の采配で学園の来賓宿舎に泊まることとなったが、藤巳は客ではなく一生徒、いつまでも居られるものではない。

 内容がほとんど理解できない授業を終えた藤巳は、この学園の全ての授業を受け持っているらしきアンチモニー校長に聞いてみた。

「俺はどうすればいい?」

 いつも通りのゴシックドレス姿の校長は藤巳の曖昧な問いを予測していたらしく、出席や授業内容の書類が入ってるファイルを小脇に抱えながら言う。

「お茶でも飲みませんか?」

 何らかの説明はが聞けると思った藤巳は、何も言わず頷いて了承を伝え、教室を出る校長を追う。藤巳を指導するナビの役を負ったレベルとブラーゴ、隣席のコーギーも後ろからついてきた。


 校長が向かったのはついさっき藤巳たちが昼食を取った校舎離れのカフェ。校長は放課後で数人の生徒たちが居るカフェの出入り口から一番奥に陣取る。

 他の生徒が居るテーブルから充分離れ、内緒話にちょうどいい席に藤巳たちも座る。そこで藤巳は、この中でコーギーだけが藤巳がドラゴンの世界からやってきた人間だということを知らない事に気付く。

 コーギーは他の生徒同様に、藤巳がドラゴンと魔法、そして故郷に関する記憶を失い、塩湖の真ん中でシボレーと共に保護されたという校長のウソ説明を聞いただけ。

 藤巳はこの校長が何かしら理由をつけて人払いをするようなら、席を蹴ってシボレーでこの学園を去ろうと思っていた。

 席が隣り合っただけで自分に良くしてくれたコーギーに隠すことなど無いし、藤巳は女子の性格や人格に魅力を感じたことは無いが、曲線の美しいコーギーの体型は藤巳を充分に魅了するものだった。

 

 藤巳が心配するまでもなく、アンチモニー校長は席につくなりファイルを広げ、藤巳に説明を始めた。

「藤巳さんには正式に我が校の生徒として本日より入寮してもらいます」

 コーギーが藤巳の肩を叩きながら言った。

「よかったねトーミくん、入っていきなり寮に入れるなんてついてるわよ、普通は空きが出るまでしばらく相部屋か校舎泊まりになるところよ」

 レベルが藤巳の袖を掴んで言う。

「トーミに寮はいらない、わたしの部屋に泊まればいい」

 藤巳はレベルの銀髪を指先で撫でながら言った。

「ベルの部屋には遊びに行かせてもらうよ、俺も自分の部屋があればお互いに遊びに行ける、楽しみは一つより二つのほうがいい」

 レベルは中空を眺めながら何か考え事をしていたが、よくない考え事に至ったらしく頭を振り、それから指先で自分の頭をトントンと叩く。

「理解した。トーミの部屋はわたしの部屋、わたしの部屋はトーミの部屋」


 藤巳たちのやりとりを離れた席で面倒くさそうに見ていたブラーゴが口を挟んだ。

「ウチの生徒になって寮に入るのはわかりました。で、こいつに入学金なんて準備できるんですか?」

 藤巳も聞きたかった問題。金銭のこと。どうやらこの世界では藤巳が持っている少々のUSドルやクレジットカードは役に立たないらしい。

 アンチモニー校長は問いには答えず黒いゴシックドレスの腰周りを探る。フリル大盛りの外見のわりに収納性はいいらしいドレスのポケットから小さな袋を取り出した。

 「当座のお金が入ってます。トーミさんはこれをお使いください」

 藤巳は握りこぶしくらいの袋を受け取る。中身は昨日校長と夕食を共にしたときにも見かけた、ポーカーチップのような赤や青、黄色のコイン。

 一枚取り出してみた。プラスティック製のチップでなく金属のコイン。石壁に擦りつけてみたところ、表面に色を塗っているのではなく色のついた金属、もし藤巳の居た世界に持って帰れば、世界の冶金技術がひっくり返るしろもの。

 隣のコーギーが袋の中身を見て目を丸くしている。

「すっごい赤がジャラジャラ、こんな大金見たの故国のカジノ以来よ」

 藤巳は一言だけの礼を言って袋をジーンズのポケットに突っ込む。施しを受けるのは気に入らないが、自分がこの世界で、何らかの保護を必要としている身だということはわかってる。

 レベルが日本のガマグチみたいな財布を出して言う。

「トーミ、足りなくなった時はいつでも言って」

 少なくとも、この小さな女の子に頼る羽目にならなくてよかったと思いながら、校長に話の続きを促した。


「トーミさんには当校の奨学制度を利用していただきます。勤労学生として在籍することになります」

 この校長は藤巳に仕事の世話をしてくれるらしい。藤巳はこの校長と出会ってから初めてまともな事をしてもらった気がした。

 藤巳たちの席にメイドがやってきた。お茶の盆を持っている。

「不躾ながらお話は聞かせてもらいました、トーミさんはわたしの後輩ということになるのですね」

 メイドのトミカはニッコリ笑いながら藤巳の前にお茶を置く。藤巳にもそれがさっきまでの笑いでないことはわかる。お客ではなく対等の相手への親愛。あるいは格下への施し。

「トーミさんのお仕事は、そうですね、まぁ何でも屋といったところで」

 仕事を世話してくれると言った割りに具体的な仕事の内容は決めてないらしい。藤巳はこの校長のいい加減さに呆れたが、短い付き合いながらそれにも慣れてきた気がする」

「ではさっそくトミカさんにはトーミさんの寮まで案内していただきます。今は427号室が空いてますね」

「いい部屋番号だ」

 藤巳は反射的にそう返した。藤巳が乗っているシボレーの排気量427キュービックインチ、リットル換算なら7000CC。

 この番号なら忘れることもないと思った藤巳は、周りの女子の顔が強張ってることに気付いた。

「427号室、まさかあそこに住むの?」

「トーミ、それは危ない、やっぱりわたしの部屋に泊まる」

 コーギーとレベルは顔色を失くしている。ブラーゴはといえば真っ青になって声も出ない様子。

 トミカも足を震わせながら言った。

「これもお仕事です、トーミさん、今からご案内します」

 藤巳はアンチモニー校長が指定した427号室が、住むのはタダでも只者ではない部屋だということだけはわかった。

 

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