第28話 ログシート
藤巳は午後の自由走行時間を終え、ブラーゴ、レベル、コーギーと共に学園への帰路についた。
現在地の目印になるようなものは無いが、時間と速度からの計算で学園のあるオアシスの島に近づくに従って、あちこちをドラゴンが走っている様が見られるようになる。
藤巳たちのように塩湖を百㎞超で飛ばして遠出する子は少ないらしく、多くの生徒は学園付近でドラゴンに乗り、鬼ごっこのように互いを追っかけあったり、ボンネットの上で寝転んで読書をしてたり、数台集まってテーブルとチェアを広げてお茶を飲んだり、好き勝手に過ごしてる様子。
藤巳たちの先頭を走るブラーゴのフェラーリが通ったのを見て、フィアット・チンクの運転席でハーモニカを吹いていた子が手を振り、プーっと可愛らしいクラクションを鳴らす。
ブラーゴもそれに応え、フェラーリのホーンを鳴らした。学園ではチャイム替わりにも使われているエアホーン、シトロエン2CVのハンモック型シートで居眠りをしていた子が、寝過ごしたと思ったのかビクっと起き上がり。時計を見て二度寝していた。
藤巳たちは簡素な塀で囲われた塩湖の島に戻り、門を経由して島の中央部にある学園の校舎へと向かう。
既に数台のドラゴンが帰ってきている校庭にフェラーリ、ジャガー、シボレー、ポルシェが並べて停められ、中からブラーゴとコーギー、藤巳とレベルが出てくる。
ブラーゴはまだ走り足りない様子で、校庭から見える塩湖に視線を向けていた。コーギーはジャガーをねぎらうように撫で、レベルは昼の風呂で眠くなったのか頭をふらふらさせている。
藤巳はシボレーの周りを歩いて一周した。日本で無免許運転している時からの習慣で、藤巳は盗難と忘れ物を防止する効果があると思ってる。運転していると忘れがちな歩くという筋肉動作を思い出させるという効果もある。
シボレーに鍵をかけるべきか迷ったが、教室の窓からも見えるから大丈夫だろうと思い、そのままシボレーを離れた。他の三人を盗み見してもキーを抜いている様には見えない。
四人は連れ立って分校のようにちっぽけな平屋の校舎に入り、一つしか無い教室に戻る。各々の席についたブラーゴとレベル、コーギーはペンとファイルを取り出し、何かの紙を出した。教室に居る他の生徒も、何かの紙に向かって書き物をしている。
藤巳はブラーゴたちがログを書くと言っていたことを思い出し、自分のファイルを探った。戸惑ってる様子を見た隣席のコーギーが椅子ごと近づいて来る。
「ログの書き方はわかる?」
藤巳が首を振ると、コーギーが頬を近づけてきた。藤巳のファイルを手に取ってめくり、何かを探している。
「ログシート入れ忘れてるわね、わたしのを一枚あげる」
足音が近づいてきた、藤巳にはもう見なくてもわかる、昆虫を思わせる歩き方。レベルが一枚の紙を手に藤巳とコーギーの間に割り込んでくる。
「トーミ、わたしが教えてあげる」
藤巳の前に置かれたのは文字というより不規則な配置で絵の描かれた紙。
レベルが真ん中の四角い絵を指差して言う。
「ここが学校、わたしたちはここから出て、戻った」
藤巳は走ったコースを書けということかと理解したが、それより色々な絵の書かれた紙を見ながら気付いた、何もないように見えた塩湖にも目印になるものがあちこちにあることが興味深かった。
どう走ったか書くにしても書式も使う記号も分からない、そこで助け舟を出してきたのはブラーゴ。
藤巳につきっきりで教えようとしているレベルとコーギーの頭上から手を伸ばし、一枚の紙を投げてくる。
「これ写しなさい」
記入済みのログシート。藤巳は大体の方角と距離で走路を書き、それに絵日記程度の活動内容記録を添えればいいだけらしいと理解し、とりあえずブラーゴのログを書き写した。
横のコーギーもちゃっかり写してる。レベルは自分のログをもう書き終えた様子だったが、ブラーゴよりも線や数値がキッチリしている。
生徒たちが次々と帰ってくる中、ログの記入を終えた藤巳たちは、教卓で居眠りしかけているアンチモニー校長のところに提出しに行った。
既に他の生徒が並んでいて、校長にログのチェックを受けていた。藤巳の前に居たのは長身で眼鏡をかけた生真面目そうな女の子。後ろについた藤巳を無視しているかのように一瞥もしない。
眼鏡の子が校長にログを提出する。藤巳が盗み見したところ、名前はダイヤ、スバルレオーネのドラゴンに乗っている子らしい。
「今日はレジンの沼を描いてきました」
「ダイヤさん、いつもながらあなたの描く絵は素晴らしいです。わたしは毎日楽しみにしています」
校長はログシートに赤いペンで幾つかの丸を書き、教卓の箱にしまう、ダイヤというレオーネの子は何も言わず軽く頭を下げて教卓を離れる。藤巳とは視線を合わせないまま歩き去った。
続いて藤巳の番。活動内容はブラーゴの丸写し。走行経路はレベルに似せて書いたログを興味深げに見ている。
後ろからブラーゴ、レベル、コーギーも手を伸ばしログを教卓に置く。どうせ内容は同じ。
「今日は四人でジンクの泉に行ったのですか?三人ともトーミさんをよく指導していただいてるようですね」
ブラーゴはただ仕事だからやったという顔。レベルはえっへんといった感じで胸を張っている。コーギーは藤巳の横に立って囁く。
「これなら丸四つ、いや五つ貰えちゃうかな」
藤巳の前に居たレオーネの子のログシートに、校長は七つの丸を書いていた。藤巳は点数評価のようなものかと思ったが、あまり興味は持てなかった。
校長は赤いペンを取り出し、一枚目の藤巳のシートに丸を四つ書く、藤巳の横でコーギーが小さくガッツポーズをしている。
五つ目の丸を書こうとした校長の手が止まった。四枚のログの活動内容のところをもう一回見返してる。
「藤巳さん、あなたはジンクの泉でブラーゴさんたちと一緒に、お風呂に入ったということですか?」
校長がログを持つ手がプルプル震えている。無用のトラブルの匂いを感じ取った藤巳は校長に言った。
「風呂といっても別々に分かれて入った。混浴ってわけじゃないよ」
アンチモニー校長は顔を赤くして下を向いている、もう藤巳の言葉が耳に入らないらしい。顔を上げた校長はブラーゴたちに指を突きつけた。
「ズルい!」
校長はそのまま藤巳の腕を掴む。
「トーミさん明日はわたしと一緒に温泉に入るんです!いいって言うまで帰しません!」
教卓越しに両手で藤巳を捕まえ、離そうとしない校長。ブラーゴが割って入り、明日は校長も一緒に温泉に行くことを約束したことで、藤巳たちの走行ログはやっと丸六つの合格を貰った。
生徒たちがログを提出し、その後はごく簡単に明日の予定を伝達するだけのホームルーム。やっと藤巳の一日目の授業が終了した。
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