第26話 午後

 午前中の授業とランチタイムを終えた藤巳たちは、教室に戻る。

 昼休みの終わりまでにはまだ時間があるらしく、他の生徒はそれまで昼食を食べていた校舎の離れにあるフードコートに長居してお喋りをしたり、教室に戻って読書や昼寝をしたりしている。

 藤巳は自分が知る日本やアメリカの学校と違う雰囲気に気付いた。

 昼食後の教室。普通の学校では生徒達は眠そうな、午後の授業が面倒そうな、倦怠な雰囲気が広がっていたが、ここは違う。周りの女の子から高揚や興奮が伝わってくる。

 昼休み終わりのホーンが鳴り、アンチモニー校長が教室に入ってきた。口の横にはケチャップらしきものがついている。校長は教壇に立ち、口を開く。

「ではこれより午後の自由走行時間を開始します。ログの提出を忘れないように」

 午前中の学科授業では精彩を欠いていた生徒たちが一斉に生気を取り戻した様子で立ち上がり、教室から出て行く。藤巳も隣席のコーギーに手を引かれて外に出た。途中でレベルがコーギーから藤巳の手を奪い取る。

 藤巳はいつのまにか後ろに居たブラーゴに聞く。

「午後の授業は何なんだ?」

 ブラーゴは答えた。

「聞いた通りよ。好きな場所を好きなように走る」

 これから何をするかは、言葉より彼女のギラついた目が教えてくれた。


 ブラ-ゴは待ちきれないといった様子でフェラーリ・デイトナに乗りこみエンジンをかける。レベルは彼女の小さな体には不似合いなポルシェ・カレラRSRのバケットシートによいこらしょと乗りこむ。

「トーミ、ブラーゴについていって、わたしがトーミの後ろを走る」

 コーギーはジャガー・タイプEクーペのシートに大きめのヒップを乗せ、肉感的な曲線の足を揃えて車内に乗りこむ。それから窓を開けて言った。

「今日はわたしも一緒に行こうかな、ブラーゴ、あんまり飛ばさないでね」

「わかってるわよ」

 言葉に反しフェラーリのアクセルをフォンフォンと吹かすブラーゴ。一応後ろを振り返って見回し、全員がドラゴンに乗りこみ、エンジンをかけてシートベルトを着けたのを確認した後、フェラーリを発進させる。

 藤巳たちの周りに居る他の女子生徒も、各々のドラゴンに乗り込みながら、今日はどこに行くか話し合っている。

 真っ先に出発の準備を終えたブラーゴを先頭に、塩湖の島の中心近くにある校舎を出る。


 ディズニーランドほどの大きさの島。校舎と校庭のある低い丘から広い道路をまっすぐ降りていくと、塀で囲われた島と外を隔てる門に達する。

 ブラーゴを先頭に続く二十数台の騒がしいドラゴンの列を、島の住人らしき人が興味深げに見ていた。何人かは新入りの藤巳の乗る黄色いシボレートラックを指差している。

 門が開き。ブラーゴは外の塩湖へと飛び出した。コーギーの注意など忘れたかのような様子で加速を始める。

 藤巳のシボレーの後ろから飛び出したのはレベルのポルシェ・カレラRSR。藤巳を案内する仕事を放り出してブラーゴのフェラーリを追いかける。

 低速からの加速ではフェラーリやポルシェに一歩譲るコーギーのジャガーが、高回転域に入った途端V12エンジンから低く重厚な音を発しながらフェラーリに追いつき。そのまま抜き去る。

 前方でどんどん小さくなっていく三台のドラゴンを見ながら、藤巳はシボレーのシフトノブに手を触れた。

 そのまま四速に入っていたギアを二速まで落とした。

 ギアが自分から飛び込むように二速に入り、四速二千回転でドロドロという音を発してたエンジンが二速五千回転まで回る。 

 藤巳はシフトダウンで一度煽ったアクセルをジワっと踏み足した。

「フェラーリとポルシェ、ジャガーね。これで充分だ」

 後輪が軽く鳴る音と共に、藤巳のシボレーC-10トラックは猛然と加速し始めた。

 

 馬力とトルクを活かし、シボレーはすぐにフェラーリ、ポルシェ、ジャガーに追いついた。

 ブラーゴもレベルも、コーギーも藤巳を案内するという仕事を途中で思い出したらしく、スピードを緩めている。

 藤巳がアメリカ車では珍しいkm式のスピードメーターを見たところ、速度は150km前後。シボレートラックの最大の弱点である空気抵抗が不利にならない速度。

 藤巳はこのままアクセルを床まで踏み、三台を一気に抜き去ろうと思ったが、夕べ島を出たとき、周りに何も目印の無い塩湖で、帰る方角を示すものが星しか無かったことを思い出した。

 今は昼で、相変わらず見渡す限り何もない白い平面で、方位を示すものは不確かな太陽だけ。藤巳は自分がこの世界に不案内な身であることを思い出し、大人しくポルシェの後ろにつく。

 そのまま十分ほどクルージングを続けていたフェラーリが、合図をするようにブレーキランプを何度か点滅させ、減速した。

 コーギーのジャガーもレベルのポルシェもスピードを落とす。減速中に車間を保つのは意外と難しいが、藤巳はこの子たちがいともたやすくそれを行っていることに気付いた。藤巳自身はそれくらいシボレーに乗れば朝飯前。

 少しずつスピードを落とすフェラーリ。前方に陽炎に揺れる緑色の点が見えてきた。


 近づいていくに従ってそれが塩湖に浮かぶ島のような物だということがわかる。学園のある大きな島に比べればちっぽけな、サッカーコートくらいの広さの島。

 藤身は自分がこの世界に来て初めてブラーゴと出会った島のことを思い出す。まだあの水浴び中で裸のブラーゴと会ってから二四時間と経っていない。あの島に似ているが少し違う、全体が陽炎で覆われている島。

 ブラーゴがフェラーリを停めた。コーギーも横にジャガーで乗りつける。藤巳のシボレーとレベルのポルシェも停車した。

 四人はドラゴンから降りる。島を見ているブラーゴにコーギーが話しかけた。

「今日はジンクの泉に行くの?」

 ブラーゴは背伸びをしながら返答した。

「寮のお風呂場は狭いからね」

 それから藤巳を見て言う。

「わたしたちは温泉に入ってくるわ。トーミあなたは外で待ってなさい。昨日みたいに覗いたらひき殺すわよ」

 コーギーはブラーゴと藤巳を交互に見ながら言う。 

「ゴメンねートーミ君、わたしは全然いいと思うんだけどねー」

 藤巳は肩をすくめて手を差し出しながら言う。

「ごゆっくり。俺は昼寝でもしてるよ、夕べ遅かったから」

 島に茂った木々の奥へと行こうとしていたブラーゴとコーギーが、レベルを呼ぶが、レベルは藤巳のところまでやってきて言った。

「トーミ、一緒にお風呂に入る」  

 

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