第25話 ランチタイム

 午前中の授業を終えた藤巳はレベルに手を引かれるように、教室を出て廊下を歩く。

 藤巳の学生生活をサポートするという役目を負ったブラーゴもついてきた。教室で隣席のコーギーも藤巳の隣を歩く。

 平屋の狭い校舎。学生が昼食を取るカフェだという部屋は石造りの建物の裏手に作られた離れのような建物だった。

 渡り廊下を通って木造の離れに入ると、中は広い空間に幾つもの丸テーブルが不規則に置かれている。

 藤巳は日米両方のデパートにあるフードコートみたいだと思ったが、大きさは日本の郊外デパートくらいの規模。生徒数二十数人、職員は藤巳が確認した限りアンチモニー校長一人。相応の大きさなんだろうと思った。

 先頭に立ってテーブルの間を歩くレベル。既に席についている他の生徒はただ一人の男子学生の藤巳をあからさまに警戒し、聞こえよがしの小声でこっち来るなと言っている。

 建物の外にはバルコニーテラスがあり、オープンカフェのような感じでそこにも幾つかのテーブルがあった。レベルはバルコニーに出てテラス席に陣取った。


「ここがいいのか?」

 レベルはさっそく椅子を引いて座りながら答える。

「うん。トーミは外で食べるの好き?」

 この塩湖に浮かぶ緑地の島は気候がよく、気温も湿度も日本の初秋くらいを思わせた。藤巳が真っ先に思ったのは、車がオーバーヒートを起こさず、エンジンを冷やしすぎない温度で、空気もほどよく乾いていてガソリンの燃焼に良さそうだということ。

「あぁ。外は気持ちいいな。皆もここでいいかな?」

 藤巳の隣で早くもお腹をグゥと鳴らしているコーギーが手を上げて「賛成ー」と言う。ブラーゴも異存ない様子。

「テラスはあんまり使わないんだけど。たまにはいいわ」

 レベルが隣の席を自分の近くに引き寄せて言う。

「トーミはここに座る」

 レベルは藤巳をお姉さまとして指導するナビ。藤巳は小さなお姉さまの言う通り席についた。

 同じくナビのブラーゴは藤巳の真向かいに座る。親愛より警戒を抱く相手に対して取る位置。

 コーギーは藤巳から見てレベルの逆隣に座り、椅子を藤巳の側にひきずって動かす。

 四人が席についたところで、メイド服の女の子がやってきた。

 昨日校長室で会ったトミカという女の子。今朝の教室でもメイド服だった。


「ご注文はお決まりですか?」

 ここではウェイトレスとして働いているらしい。その姿を見て藤巳はさっきから気になっていたことを口に出した。

「俺はこの世界の、この国の金を持ってないんだ」

 メイドのトミカは陽気に笑いながら、メニューらしき薄い革の紙綴じを差し出す。

「ご心配なさらずとも学生の食事は無料です。この白いページのものは無料で、赤いページのものが有料になっています」

 藤巳がこことは違う世界から来たことを知らないトミカとコーギーは楽しそうな様子。その事を知っていて校長に口止めされたレベルとブラーゴは少し強張ったような顔をしている。

 安心した藤巳は、牛革というより合皮に近い感触のメニューを開く。文字は読めるが知らない名前の料理ばかり。ブラーゴとコーギーははメニューも見ずにトミカに注文している。

 レベルは藤巳が持っているメニューに手を伸ばしてめくる。赤い有料のページ。

「トーミ、何か食べたいものはある?」

 お姉さま気取りとはいえ見た目は子供のレベルに奢ってもらうのは気が引けると思っていた藤巳は、テラス席と室内席を隔てる窓を見た。

 さっきまで藤巳を警戒し疎んじてた他の生徒たち。とはいえ男子の新入生が気になるらしく、窓越しにこっちを見ている。

 そのうちの一つのテーブルに乗っていた昼食を見た藤巳は、席を立ちテラスから室内に入った。

「これは何ていう料理なんだ?」

 いきなり席に近づいてきた藤巳に驚いた様子の女子生徒が、席ごと藤巳と距離を取りながら答える。

「カツレツの付け合せのフライドライスだけど?」

 藤巳は礼を言ってテラスの席に戻り、トミカにそのフライドライスというものを大盛りで注文した。

 

 どんな厨房があるのか、あるいは魔法とかいうものか 注文を取って席を離れたトミカはすぐに料理の盆を持って来る。

 ブラーゴには雉か雷鳥のような鳥の丸揚げ。コーギーには魚のムニエル。赤身でも白身でもない緑色の魚。レベルはベーグルに似たパンのサンドイッチ。藤巳には大皿一杯のピラフのようなもの。

 ブラーゴが呆れたように見ている。

「あんたコメなんかでお腹一杯になるの?」

 コーギーは勝手にフォークを伸ばして一口食べる。

「美味しいじゃない、わたしもパンじゃなくライスにすればよかったかな」

 レベルは自分のサンドイッチを小さくちぎって藤巳に差し出す。

「トーミ、お肉も食べないといけない」

 藤巳はフォークを動かして、見た目は白く淡い色だが味はスパイシーなフライドライスを食べた。

 これなら毎日食べても飽きそうにないと思いながら、自分がここでの生活を受け入れつつあることに気付いた。


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