第24話 授業
エアホーンの音と共に一時間目が始まり、教室前方の引き戸から教師が入ってきた。
黒いゴシックドレス姿の教師はアンチモニー校長。藤巳はそのタフさとバイタリティに少し驚かされたが、明らかに夕べ飲みすぎた様子のローテンションな姿で授業を開始する校長を見て考えを改めた。
授業はどうやらこの国の歴史についてのものだが、藤巳には全くわからない用語の羅列で、校長も覚えなくてはいけない事を板書するだけの手抜きっぷり。生徒たちも近くの席の子とお喋りをしたり、頭を揺らして居眠りを始めている子があちこちに居る。
藤巳はさっきブラーゴから貰ったペンらしき棒を持ち、ノートに似た物を広げたが、何をノートに取ればいいのかもわからない。とりあえず紙にペンを走らせた。
書き味はボールペンと万年筆の中間のペンで書いたのは、わからないという文字。学生生活の大半を日本で過ごした藤巳は日本語で書いたつもりが、またも象形文字のような奇妙な字になる。自分がそれを読めるのも奇妙な気分。
わからない、とだけ書かれたノートを見て呆然としている藤巳を心配したのか、隣席のコーギーが話しかけてきた。
「後で教えてあげるから大丈夫。きっとベルちゃんが熱心に教えてくれる」
藤巳は表情だけで感謝を伝えつつ教科書を開いた。こっとはもっとわからない内容。藤巳はノートにもう一行文字を書いた。
わからない。
日本語で、日本語でと意識しながら書いたら、見慣れたような忘れかけたようなひらがなの文字が書けた。藤巳はまだ自分が正気を失ってないことに少し安心する。
一時間目の授業を終え、二時間目は数学。やっぱり教師はアンチモニー校長。
こっちはわからないことは無かった。逆にわかりすぎた。日本と変わらない足し算引き算、掛け算。
この教室に居る十代中盤の女の子たちは、小学生の算数レベルのことをやっていた。
教科書をめくってみても初歩的なの方程式が出ているくらいで因数分解、基礎解析はどこにも出ていない。ただ算数と違うのは、それらの単純な計算全ては暗算で瞬時に数値を出すことが前提になっている。
ノートに式を書いたり証明したりする過程の抜け落ちた数学。きっとドラゴンを走らせるため、その時間や速度を速やかに出すための数学なんだろうと思った。
藤巳が車に係わるようになって必要になった数学。設計や強度計算に必須の三角関数やベクトル等については教科書をめくっても書かれていない。車が壊れても勝手に直る世界には不要なんだろうと思ったが、藤巳は喪失感よりも安心を覚えた。
今までずっと車を走らせるのが好きで、それに付随する面倒事を必要悪だと思っていた藤巳は、そこから開放されたような気分。
やっぱりここは死んだ車と死んだ人間が行き着く墓場だと思った。
その次は藤巳にとって最も馴染みの薄い、魔法とかいうものの授業。校長は全ての教科を一人で教えてるらしい。
この世界では呪文の詠唱によって、物質に様々な変化を起こすことが出来るというが、その詠唱はとてつもなく長く、それを正確に発音しなくては変化を起こすことは出来ないらしい。
コーギーが藤巳に教えてくれた。
「まぁ魔法は出来なくても困らないけどね。街に行けば誰かしら有償で代行してくれる人が居るし、今は魔法は仕事で必要な人くらいしか縁が無いわ」
藤巳は自分が居た世界でいうところの語学みたいなものかと思った。英語と日本語を喋れるようになってそれなりに役に立ったが、もし英語を覚える機会が無かったとしても、今の自分の状況がそうそう変わったとは思えない。
魔法の授業が終わったところで昼休みのホーンが鳴る。藤巳の席にレベルとブラーゴ、コーギーがやってきた。他の子たちは近づこうともしない。
レベルが授業の教科書やノートを片付けている藤巳の腕を引っ張る。
「トーミ、お昼ごはんを食べる」
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